人より、温もりに触れるのが下手な子だっていうのは知っていた。 群れるのは嫌いだ、なんて口癖のように繰り返していたけど、厳 密に言えば違う。 もっと言えば孤独に慣れすぎたために免疫をもたず、触れる方法 さえ知らなかった。まして、温もりと離れてしまった後の辛さな んか知っている筈がないのに 錆び付いて建てつけの悪いドアを音なんかたてないよう、慎重に あける。 室内から屋外へ。僅かと言えど、世界を隔てる扉の向こうには薄 汚れた天井ではなく、遠い秋空が広がっていた。夏のそれよりか すかに薄い青色から陽光は降り注ぐ。が、その熱さえま冷たい風 にさらわれて、肌寒い。思い切って入り口を開け放した瞬間も強 い風が舞って視界を阻んだ。 けして身体の強い人じゃないのに まとわりつく冷気にあらがって目をこらすと、小さな背中が見え た。 大股で歩けばほんの数歩で辿り着けそうな距離。 でも── いつもなら応接室のソファで堂々と昼寝している彼が こんな固いコンクリートで、それもこんな寒い日に身体を丸めて 横たわっている理由を考えるとどうしても一歩が踏み出せない。 「恭弥」 なんとかして名前だけでも捻り出してみる。 何千何万と繰り返したはずの言葉でさえ、渇いた喉にひっかか って変な発音になった。恭弥も相変わらずで、何事もなかった かのように身体を丸めたままピクリともしない。 いつも通り言い出したのはオレだった。 乗り気じゃなかったヒバリから半ば無理矢理聞き出して一緒に 祝う約束を取り付けたのはオレなのに、突然飛び込んできた仕 事をオレは優先させた。乗気じゃなかったしと勝手な解釈や恭 弥にたいしての甘えなんかもあったのかもしれない。 慌てて片付けて、飛行機に飛び乗って。日本に着いたのは今か らほんの1時間前。 ヒバリが15になって1日と12時間が過ぎていた。 『でぃーの』 ふと、在らぬ方向から名前を呼ばれ、顔をあげる。今開いたドア の上に黄色い小鳥が1羽。六道骸の事件でヒバリがてなづけたヤ ツだった。 あれから数える程しか顔を出してないのに飼い主に似て利口なの か、なんて無駄なことを考えつつ指を差し出すと、少し迷ってか ら鳥らしい声でひと啼きして、飛び移ってきた。 『でぃの、でぃーの』 「逃げないのか、放し飼いにしておいて」 「…………」 「恭弥」 答えは返らない。 怒ってるのか、と口ごもった声が届いたかは知らないが、 『──ウソツキ』 また、違う声がした。 他に誰かいる気配もないから指の上に視線をかえす。 暫くは何事もなかったかのように高い声でさえずっていたが、オ レの熱烈な視線に気付いてか。 『ウソツキ、でぃーの──ウソツキッ』 もう一度、 今度はハッキリと正確に繰り返す。 意味を理解しているとは思えないが、ちゃんと言葉にはなっている。 「おいで」 気が付くとヒバリは身体を起こしてオレを見ていた。 ただ、指の上の小鳥を映していただけかもしれない。切長の黒い瞳に いつもの覇気はなく、白い頬はコンクリートに寝そべった痕が残って、 僅かに赤みをさしていた。主の声に唄うような声に誘われ、小鳥は羽 を広げ白木のような指先に飛び、移る。 「そんなに身構えなくていいよ。怒ってないから」 「恭弥…」 「別に怒るようなことでもないし。君が約束をすっぽかしてくれたお かげでこっちは静かに過ごせたから」 「恭弥、」 「むしろ、これぐらいで群れるなんかただ不快なだけだから逆に」 「きょうや」 知っている。ヒバリはそういう人だ 同じ年頃の子供に比べて恐ろしいくらい淡白で何かに対する執着を持た ない。 泣いてわめいて、感情を痛いくらい表したことなんかないし、そんなも のないとばかりに隠してぐっと押さえて隠そうとさえする。 それがホントの自分だと思ってるのだ。 冷酷で、誰にも媚ず、誰にも屈さず。ただ一人でいることを望んでいる のが 「…何?苦しいんだけど」 「ごめんな、ヒバリ」 「…何が」 「色々あり過ぎてわかんねぇけど、とにかく──ごめん」 両腕をいっぱいに伸ばして潰さないよう、でもしっかりと抱き締める。 細い肩は今に壊れそうな儚げな外見に比べ意外なくらいしっかりとして いた。ただ、布越しに触れる背中から聞こえる鼓動だけはオーバーワー クで今にバラバラになりそうで。 「謝るくらいなら、先に言うことがあるんじゃないの。君は」 『ばかでぃーの』 絶妙のタイミングで続く副声音に苦笑いしながら、もう鳥が覚えるほど 柄にもない不満をヒバリが繰り返すようなことをするのはこれで最後。 これだけにしようと誓った。 「Buon compleanno、ヒバリ」 おわし。 |