「──え?ラビの容体?
ああ、平気平気。熱は高いけど、今は良い薬あるし。
ラビだって子供ってわけでもないからね。

神田くんも子供の頃にしたでしょなら、大丈夫だよ、お見舞
い行っても。
──まぁ、2、3日で治るんじゃないかな」





じゃないかな、ってオイ。
いくらなんでもアバウトすぎねぇか、ソレ…

















馬鹿と病気と湯たんぽと











俺が聞いたコイツの病名は、ガキがかかる病気の代名詞。
一度かかるともう二度とかからねぇ、ってそういう類のヤツ。
故に、大人の患者は滅多にいない。(時々男として取り返しの
つかない事態に追い込まれるやつもいるが)
…にも関わらず、18なんて大人一歩手前のコイツがその子供
病のウィルスのあてられて寝込んでるか。

答えは、1つ




「…それ、いつの話だ」



サンドイッチみてぇな配色で幾重にも重ねられた布団の山。
圧死するんじゃねぇか、とかムダな心配ができるくらいの体
積を持つ布団の下にはウサギが1匹。
孫悟空か、お前は。



「ん〜…3日…くらい、前かねぇ」
「…あの時か」



前回の任務の帰り、病気のガキを隣街の医者まで大槌小槌で
連れて行った、って話はコイツから聞いた。モヤシほど露骨
で重症じゃねぇにしろ、コイツも十分お人好しの部類に入る。
捨てられた犬猫見りゃ、見境なく拾ってくるし、
何度迷惑だ、やめろ、って言っても俺を悪く言うヤツや手を
出そうとするヤツをシメるのやめねぇし
その時のソレも日頃の行いに入る範囲だったから別に気にも
とめなかったのだが…



「イヤ〜な予感したんさぁ、病名聞いて」
「なら、やめときゃ良かっただろうが」



バカ通り越してアホだ。
余計な世話焼いて、災難拾って来やがって。
くりくりと世話しなく動く目元に乗せられたタオルは、さっ
き代えたばかりのはず。
にも関わらず、すでに温く、乾き始めてた。
普段から垂れまくりの左目はいつも以上に重そうで、短く、
浅い呼吸が体調の異常を伝える。



「…薬、飲んでねぇだろ」
「ホントは飲まねぇほうが早く治るんさ」



…しかも、
この後に及んでまだへらず口きくか。
薬飲まねぇで治るならなんで薬があるんだボケが。
ただ単に苦いから飲みたくねぇだけだろうが。



「何か食えるか?」
「ん〜…いいや」



じゃなきゃ、メシ食えねぇから薬も飲めねぇ。って

それ隠そうとしてるかのどっちかだな。



「それよかさー、も1枚毛布持ってきてー」

「あ?」

「なんか、寒い…」



…今、なんて言ったこのバカは。


今は春先。まだ長袖が手放せないとはいえ、春先。
ストーブが残業してるこの部屋の室温は軽く真夏を
超えているはず…その上、そんな冬眠前の小動物み
てぇな格好で『寒い』なんて単語が出る事自体、お
かしい。



「…どう寒い?」
「ん…なんかゾクゾク…」



寒気じゃねぇか、ソレ…
乗せたばかりのタオルをどかし、額に触れる。ひや
り、としたのはほんの一瞬。赤く染まった頬に手を
滑らすと、じっとりとにじんだ汗が俺の指に感染っ
た。
共に伝わる熱は、常域を脱し『異常』を知らしめる。



「みろ、薬飲まねぇからだ…」




怒鳴りつけるにしても罵るにしてもましてや慰めに
しても俺の言葉はいつも『過去系』
しなかったことやらせなかったことを後悔したとこ
ろで解決することなんかねぇのに

あぁ、この意地っ張りな性格が憎たらしい。

で、また『過去系』

今してやれることはせいぜい温いタオルを交え冷た
く絞りなおしたソレで汗を拭いてやるくらい



「…ユウ…」




本当に憎たらしい
クセのように舌打ちにまぎれた消えそうな声がして
一瞬遅れ、布団の端から伸びた指が俺の服を引く。



「…んだよ」
「やっぱり、湯たんぽして」




あぁ、この際ブックマンでも呼んで針でも打っても
らうか。素人があれこれやるより一番効く気がして
きた。
濡れた手を団服で拭い、湯たんぽならリネン室か、
なんてぼんやり考えて、背中を向けた。
が。

──びんっ
:
:
:
:
:
:
:
:
:
:
おい ちょっと待て



「…アホウサギ」
「アホじゃないさ〜…」
「んなのはどっちでもいい。離せ」
「や」
「湯たんぽいるんだろ」
「うん」
「なら」
「だから、湯たんぽ」



いや、だから湯たんぽが欲しいならまずその手を離
せ。矛盾してるだろ。んな布団捲って、バンバンシ
ーツ叩いて、俺の服ぐいぐいと引っ張っ……
思考が、止まった。いや、正確にはオーバーヒート
か。このバカのバカ発言のせいで。

…ちょっと待て
湯たんぽ、ってのは湯を使って温めっから湯たんぽだろ…?
なら、



「…ゆうたんぽ、かねぇ?」
「アホめ…」


上手いこと言ったつもりか?
座布団はやらねぇぞ、なんて言ったところでこんな純和風な
皮肉が通じるわけもなく。
ただ、余計に俺の居心地の悪さを煽った





「湯たんぽより、あったかそうさ…」



ただ溶け落ちる寸前の飴みてぇな笑みはいつもと同じだ。
熱に浮かされて辛そうな息を吐いて
違うのはそれだけ
馬鹿馬鹿しい、
いつもみてぇにアホか、やらボケっつって蹴散らしてや
りゃいいのに




「…クソッ…」



団服のデかいボタンをちぎるような勢いで外して、今で
座ってたイスにかけた。ブーツの金具も全部外して、高
く結っていた髪の紐も解いて。
一瞬別の準備を想像して慌てて振り払う。この馬鹿に知
れたらぜってー「あ、オレそっちでもいいー」とか言い
やがるに決まってんだ。



「今回だけだからな!」
「うん…」
「変なコトしやがったら、蹴落とすからな!」
「そんな体力、ねぇって」



伸ばされた腕に甘んじて
伸ばした腕で背中を包んで
ベッドに潜りこんで
少し早い鼓動を聞いて
甘えさすみてぇに頭を胸に抱いて

温もりが、溶けあうような錯覚に堕ちた。

小刻みで荒い呼吸。
でも、それより早い俺の鼓動




「あったけぇ…」



ため息くせぇ言葉 言葉みてぇなため息

どっちでもいい。
多分、つかぜってぇ俺の顔赤い。もうこの世の色じゃ
表せねぇくらい赤い。



「…オレ幸せで死ねそー…」
「死ななくていいから、少し寝ろ…」
「うぃー…」



風邪ひきウサギは腕の中でもそもそ寝やすい体勢を選
んで、やがて動かなくなる。



「オヤスミ」


冬眠前の仔ウサギみてぇなソイツは力なく、それでも
しっかりと抱きついてきて。その力に呆れながら俺も
柔らかい髪に鼻をうずめて目を閉じた。

目ぇ覚めたら治ってそう。なんて笑うバカの言葉通り、
次に起きたらすべてが元のリズムで流れてることを祈
って










オ ワ リ











★オマケ★


ガチャッ


「ラビ〜?大丈夫です…か……(アレン少年硬直)」

「ラビィィィイッ!!」