出来たら、夢であって欲しかった。
授業中の居眠り
あるいは昼休みで飯食った後のうたた寝
そんな寝心地の悪さからの悪夢だと
けど、こんなくっきりとした痛みを頬に刻まれては現実逃避な
ど出来るわけがない。ばかやろう、と罵られた言葉がぐるぐる
と頭をまわって胸をズキズキと痛ませる。
半ば、コナゴナになって消えるだろうとは予想していた。
否、自分はそんな一途な彼が好きだったのだから、仕方ないの
は分かってる。
けど、それを抑えることが出来きるほど、大人じゃなかったの
も事実だ。
そのためにこんなことになってしまったのも
気が付けば、まともに顔を見れなくて逃げ出すように走り出し
てた。行きあたりばったりだったから勿論行き先なんかない。
走って 走って 走って
いくつも逃げ込める場所があったはずなのに



「なんでここに来るわけ?」



ずっ、と鼻をすするのに混じって苛立ち100%のトゲトゲした
声が飛ぶ。
顔を埋めてた皮ばりのソファにはもはや水溜まりってくらいの
量の涙が零れてた。こんなに泣いたのはいつ以来だ、とは思い
つつも情けないことに、まだまだ止まりそうにない。
背もたれの向こう側で、この部屋の主が重厚なため息が漏らし
た。














【Crazy】









応接室は風紀のヒバリこと雲雀恭弥のナワバリで、並盛中きっ
てのデッドポイント。ある意味学校の怪談に匹敵する恐怖に普
通の生徒はおろか、教師さえ滅多によりつかない。
オレだって前に一度行ったきりで、しかも良い思い出はない

なのに



「オレ、獄寺のことマジだったんッスよ」

「人の話聞いてる?君」

「なんでオレじゃダメなんスかねぇ…」

「聞けよ」



切々と、聞かれてもいない胸の内をこの口は語る。
トントントン、と短い間隔で机をたたくシャープペン。
思いの外幼いハスキーが物騒なことを口走った。



「いい加減、咬み殺すよ?」

「いやぁ…それは勘弁」

「上手く行けば記憶飛ぶんじゃないの?」



それ以上に病院の確率が高そうだが、確かにそうかもしれない。
どうせ実らぬ恋ならば、いっそ忘れてしまうのも一つの手かも…
ソファに伏した顔をあげると黒い髪と学ランが視界に飛び込んで
きた。相手をしてもらってた、と思ってたのは自惚れ。
切長の黒眸は書類の小さな文字を追いかけていて、ひたすらシャ
ープペンが同じ大きさで枠内に適語を刻んでいる。
気配に敏感だ、という予測に反して驚くほど無防備だった。
綺麗な顔をしているとは思っていたが実際、間近でその睫毛の長
さや雪のような白さを目の当たりにすると、本当に…




「…オレ、ヒバリに乗り換えよっかなぁ」




頭の隅でそんなことが駆け巡った。
巡っただけのはずなのに、それはうっかり声になってたらしく。
ぴくり、とペンを握る指が止まった。



「山本武くん、だっけ?」

「うっす」

「その手の冗談が一番嫌いなんだよね、僕」



黒い瞳は多分、いつも通り睨みつけていた。最凶の不良、その名
前とそれにふさわしい力を振り回す時に纏う殺気も一緒に。
なのにそれまであったはずの威圧感は…

あれ?



「えー…別に、冗談…じゃ、な…い?」

「…余程病院にいきたいみたいだね」



男に惚れた時点で、アブノーマルだとは自覚した。けど、あれは相
手があいつだったからで本当なら女の子のほうが…いやでも女の子
より可愛いけど…あれ?
いつの間にか涙は止まった。
いつの間にか胸がドキドキする。
疑問系にまとまった語尾が気に入らないのか不機嫌を隠そうともし
ないで見上げてくる眼差しが痛い。
痛いけどなんか気分がいい。




「あー…なんかいいかも」




出来たら、夢であって欲しかった。
授業中の居眠り
あるいは昼休みで飯食った後のうたた寝
そんな寝心地の悪さからの悪夢だと



「ヒバリ、オレたち付き合おうぜ!!」

「却下」



だけど前にも味わったこの苦しいくらいのときめきは無視するには
あまりも大きすぎて
一目惚れの片思いの第ニ幕が間抜けなファンファーレと共に始まった。






終わってしまえよ…(涙)




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