オーバーリアクション。
 一言でばっさり切り捨ててしまうならそんな感じに違いない。
 スキンシップと直接的な愛の言葉をわいせつ行為として法律
で禁止したら、彼の祖国の刑務所は一時間でパンクするんじゃ
ないか。
 あながち冗談に聞こえないのが恐ろしくてばからしい。
 黙して語るとか、奥ゆかしいものをいいと思うほど老け込ん
ではいないけど、過剰な愛情表現を必要とするほど情熱的でも
ない僕にとって彼は最初理解しがたい人間だった。
 むしろ対極をいくといっても過言ではないくらいだ。

恋人に向かって「君は僕の太陽だ」とか
夕焼けをながめながら「君のほうがきれいだよ」とか

 使い古されてむず痒い、この世から消えてほしいようなクサい
セリフを大真面目に言う人種なわけだ。
しかもあの無駄に女ウケのいいキラキラした笑顔で。

 いっそ胡散臭い笑顔を取り締まる法律でもあればいいのに










【アニバーサリー】











「恭弥ってどんな日に生まれたんだ?」





 この外人に対して警戒していた「誕生日」という単語が出なか
ったというだけで、生まれについて話してしまったことはもう不
覚としか言いようがない。分からないだろうと腹をくくってこい
のぼりの日だとか教えたのも含めてだ。
 いっそ端午の節句とかなんとか言ってやればよかったとも思う
けど、とてもできた腹心がいる時点で無意味だろう。
結局、教えてしまった時に勝負はついていたのだ。



「あなたは無駄と言う言葉を知っているのかな」



 休みなんだから泊まりに来いよ。
 夏のバケーションの時期ならそんなことしてる場合かと一蹴
してやれるのに。日本の祝日ががさなってできる大型連休はイタ
リア人である彼には関係ない。むしろ堂々これると言わんばかり
に、電話が来たのは3日の夜だった。
 嫌な予感しかしなかったが、行かなかったら行くよりもっと面
倒なことになるのは目に見えてる。何よりそこまで意識して会い
に行かないのは自意識過剰のようでもっと嫌だった。
僕は自分が生まれた日というのを理由に物乞いのように物をねだ
る草食動物が大嫌いなんだ。
とはいえ、この惨状を目の当たりにしてはため息しか出てこない。



「ああ、ジャッポーネの”モッタイナイ”だろ?いい考え方だよ
な。オレも好きー」

「そう思うならまず花屋に行って土下座するんだね」



 皮肉よりは恨み言に近い僕の言葉を、この外国人が理解したのか
は知らない。部屋中に敷き詰められた真っ赤なバラのはインテリア
としても香りのアクセントとしても明らかにやりすぎだった。
ここまでするのに一体何軒の花屋から赤いバラが姿を消したのか
想像もつかない。


「いいんだよ、今日は可愛い恋人の誕生日だし」


 オレ、恋人に部屋いっぱいの花をプレゼントしてやるのが夢だっ
たんだ。
 夢見がちな年頃の小娘みたいなことを言って長い腕は後ろから伸
びる。得意のセクハラ、もといコミュニケーション。少しでも広く
密着している部分を取ろうとしてくっついてくる姿は恋人というよ
り大きな子供だ。そのくせに甘えるよりは包みこむという印象を持
たせる抱き方は性格をよくあらわしている。髪の中に鼻先を突っ込
まれる。
 さわさわ頭皮を撫でる息も、誕生日おめでとうという言葉も、な
んだかとてもくすぐったかった。



「ねぇ、僕の誕生日明日なんだけど」

「おう、大変だったんだぜ、今日明日と独り占めにするの」

「は」

「こっち着くなりリボーンに呼び出されてよ。今年16で偶数なの
に希望者が多いからボンゴリアンバースデイ争奪戦とか聞いたこと
ないイベントに強制参加させられてよ」

「それってあの餅つきとか雪合戦とかそういうの?」

「そういうのだけどちょっと違うの。言ったろ?希望者多かったっ
て」



額にキスをもらいながら見上げたディーノの顔は完全に緩んでいた。
とける寸前のアイスみたいだといっても言いすぎではない。
 恭弥とすごしたくてつい本気だしちまった。
 聞いてもいないのに自慢げに教えてくれる顔はもう目も当てられ
ない。クリスマス、バレンタインと経験したけれど、まだ思う。ど
うしてこうイタリア人というやつはお祭り好きなのだろう。
 夏祭りならまだ分かる。取り締まりに回ればみじかめ料を徴収し
貴重な風紀の活動費にできるし、祭りに乗じて群れるうまそうな奴
がわんさか現れる。クリスマスなんかそこらで不純異性交遊が横行
しているし、バレンタインにいたっては不要物の雨嵐だ。
 誕生日なんか、日本の人口がひとり増えただけの日なのに。



「なんか浮かない顔だな」

「うざったい外人がまとわりついているからね」

「外人とか言うなよ、なんか壁があるみたいだろ」

「なんだか壁がないと思ってるような口ぶりだね」

「ひでぇ」



 どこで覚えたのか被害者じみたセリフはもう聞き飽きるくらい聞
かされた、この人の常套手段。通じると思っているのがむかつくけ
れど、結局乗せられる自分には常にむかついている。
 壁がないなんていうのはこの男の妄執だ。違う人間として存在す
る以上どんな関係でも壁は存在する。それが見えない壁でも、たと
えすり抜けられる壁でも。少なくともそれは意識するかしないかの
問題だとディーノに会って僕は知った。
 彼の目には壁はないのだろが、僕の前にはしっかりと壁は存在す
る。
 やがて後ろから絡み付いていた腕がゆるゆると動き出し、覆い被
さるようになっていた腕はしっかり胸の中に抱きとめられるよう形
を変えた。表情も子供ではなく大人の、彼のいうところの「恋人」
になっていた。



「バラ、気に入らなかったか?」

「僕が喜ぶと本気で思ってたなら早いところ医者へ行けばいい」

「まあ、オレがやりたくてやったんだけどさ」

「―――――なに」

「嬉しくないか?誕生日」




 急に真面目な顔で聞かれると困ってしまう。
 言わせてもらうと頼みもしないのに勝手にやられたことなのだか
ら僕が喜んでやる義理はない。ただ、このもやもやはただ単に群れ
ことが気に食わないとかうざったいとかそういう分かりやすいもの
が原因なのではなく、僕自身正体を掴みかねるような感情なのだ。
 ファミリーの跡継ぎとして大きな群れの中で大切に育てられた彼
のなかではおそらく誕生日というのは当然として祝う記念日なのだ
ろう。家庭教師だ恋人だと僕の人生に関わりたがるディーノにすれ
ば僕の誕生日を祝いたがることは自然なことに違いない。
 僕にとって誕生日が一年のどの日とも大して変わらないのと同じ
ように。幼いころの印象と言うのは意外と強力で、きっとこの先僕
は誰とどんな風に過ごしても認識を変えることはないのだと思う。



「別にどうでもいいよ誕生日なんて」



 しおしお、敷き詰められたバラがしぼんでいく気がした。
 頭の上の笑顔も一緒にしおれてしまう。僕にはどうにもできない。
と、思ったら優しい笑顔と声がきょうやと僕を呼んだ。



「オレは嬉しいよ」

「騒げるものね」

「違う、だって神様が恭弥をくれた日だ」



 僕を生んだのは母親だ。神様なんているわけないだろう。
 夢見がちなロマンティストとバランスの悪いマフィアはそれでも
懲りずに寝言を吐く。背中がさわさわ気持ち悪くなるような寝言を
だ。
 そんなに言いたいなら喜びそうな女を見つけて言えばいいのに。
 僕だってそんなセリフと相性がいいわけじゃない。



「きょうや、オレの大好きな恭弥。16年前、生まれてきてくれて
本当にありがとう。あいしてる」

「本格的に頭がわいたみたいだね」

「そっちこそ調子が出てきたみたいだな」



 もう面倒くさい。勝手に言っていればいい。
 無視を決め込むと意外と気分はすっきりとして、悪くない。邪魔
というつもで肩に喰らわせた頭突きも後ろの外国人には気分のいい
ものだったらしい。恋人から今度は大型犬になった自称恋人はまた
僕の髪に鼻を突っ込んでふんふん匂いを嗅いでいる。見ててあまり
気持ちのいいものじゃないけれど、あのむず痒い愛の言葉よりはず
っといい。
 彼に限らずイタリア人はごてごてと芝居がかった台詞が好きで困
る。恥ずかしくてクサイ愛の言葉はもうたくさんだ。僕を好きだと
いうなら僕好みの方法を探してくれればいいのに。
 そうすればもう少し僕だって考えてやってもいいのに



「誕生日おめでとう、恭弥」

「だから明日だってば」

「知ってるってば」




ドアをもうひとつ開いたら今度はベッドルームがプレゼントで埋も
れているに違いない。
 本当に、愛の言葉と無駄遣いを禁止する法律があればいいのに









End.


お誕生日おめでとう!!ひばりさん





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