オレの世界はキミ

俺のセカイはお前



たった二人しかいない、
サミシイ世界。


でも

それがすべてだから
いつも精一杯で いつも満タン




幸せか?

…幸せだよ?




たとえ何が起きようとも

かわらずに、ずっと

















【ふたりぼっち】













今朝はノックの音で目を覚ました。
が、薄いドアの一枚向こうで俺の名前を呼ぶのは、半生を共に過ごし
た恋人のものではなく



「神田、起きてますか神田」



3つ年下の同僚、アレンの声。
昔、散々モヤシとからかったが、もうずいぶん前に少年らしさが抜け
て。
今じゃ不本意ながらも逆に世話になることも多い。



「起きてる。なんだ?」

「えっと…ドア開けても大丈夫ですか?」

「あぁ」



指一本で眠気を払い、カーテンを引いて光を招き入れる。
簡単なやりとりの終了とほぼ同時に。ドアが勢いよく開いた。

そこには声以上に育った姿が。
相変わらず肉の付きは悪ィが、さすが英国人ってだけあって、肩幅も
背も俺よりずっとある。
女みてぇだった顔も大分男っぽくなったから間違えるヤツはいないだ
ろ。



「で、どうした」



それでも性分か。
甘ったれた性格だきゃあ治らねぇ。
故に



「神田!!下へ行く準備してください!!」

「はぁ?」



大型犬が飛び付くみてぇな勢いで突っ込んできたアレンに対し、思わ
ず間の抜けた声が出た。

俺はこいつの考えることが良く分からねぇ
つか、今正に分からねぇ
明らかに何か企んでる系の笑顔で



「車椅子…より、こっちの方が早いですかね?」

「うわっ!!」



準備しろとか言ったくせに
寝間着にしてる白い浴衣のまま軽々抱き上げられた。
いつも世話になってる腕とはいえそんなに突然にされたら心臓に悪い。



つっても、
そんな考えや反射的な抵抗も
直接囁かれた言葉の前には吹き飛ばされんだけどな。





『さっきラビ達が帰ってきたんです』







世界の命運を別ける
神の使徒とアクマとの戦い


長く俺達を縛りつけていたあの戦争が終わって、早8年と少し。

気の遠くなるような犠牲を出して、
伯爵を撃ち破った今も、
何故だか戦いは続いている。






世界にはまだ、伯爵の残したアクマが多くいた。






創造主が滅びて尚…しぶとい、と。
思わなくはないが、俺だって似たようなもんだ。



俺は今、28歳


「あの人」は見つけた。
その最期も看取った。
細々と戦い続けてはいるものの、「エクソシスト」としての任はすで
になくて、
胸のサンスクリットに削られ、
もう六幻を扱うことはおろか、自分で歩く体力もない。

だけど俺は僅かに残された時間にすがりつくように生きていた



5年前、コムイに告知された余命を越えて。






□■□


イノセンスの回収が急務だった昔と違い、今の主な任務は各地に潜む
アクマの討伐。
つっても探索部隊のいない今は情報らしい情報は殆どねぇから、
教団に寄せられた依頼か、じゃなきゃ2、3人のチームで決められた
地域をまわるようになってる。

今回戻ってきたのはラビとリナリー。
俺が動けた頃は3人のチームだったが…



「ユウ!!」



と、入り口近くの人溜まりからはみだした赤い頭が目に入った。

片目しかねぇくせに、どんな視力してんだか。
アレンを促してその声がしたほうへ行くと、人波をかいくぐって。
ガキみてぇにゆるんだ顔で寄ってきた。。

コイツ好みに作られた団服は多少土埃で汚れてるものの、裂けた様子
も、血のついた形跡もない。



「ケガはしてねぇな…」

「もちろん」

「ヘマ…もしてねぇな」

「あったり前さぁ!!」



えへん、とでも言いたげに胸をはってみせたかと思うと、
節くれだった指先でそっと触れてきて



「ただいま。ちゃんと帰ってきたよ?」



彫りの深い顔が不健康な色の首筋に甘えてきた。
煙草の臭いが仄かに残る、
柔らかいくせっ毛がくすぐったい。



「あぁ…」

「ユウちゃん、『おかえり』は?」




一緒に任務に出ることが出来なくなってから、ラビは頻繁に俺に
約束をしてくようになった。

浮気はしない。
夜に甘いモンは食わない。
出されたものは全部食う…etc


三十路前のオヤジが何考えてんだ、って内容のモノも多々あるが
その最たるが

死なない
無茶しない
何があっても帰ってくる



初めて聞いた時は、馬鹿馬鹿しくて。
とても出来た約束じゃねぇって思ってたけど、いつもいつも
ここを離れる前に俺の所へ来て
あの笑顔で約束をしていって。

その度に守られていくから
気が付けば疑うなんて出来なくなっていた






「…おかえり」





ガラじゃねぇからいつも素直に言えないけど
この言葉にはそれ以外にもたくさの意味が


約束を守ってくれてありがとう
帰ってきてくれてありがとう
その度に抱きしめてくれてありがとう










「…あのー、幸せに浸ってる所悪いんですけど、僕を無視して二
人の世界つくらないでもらえます?」



半分身を乗り出して、抱きしめるラビの背中に手を回そうとした
矢先。
抑揚のない無機質な声で我にかえった。

反射的に振り返るとそこにはクソつまんねぇのを隠そうとしない
アレンの顔が。



「ありゃ?アレンいたんか?」

「いたもへったくれも…神田を連れてきたの、僕なんですケド」



やたら絡んでくるのは、忘れられてたのが相当キてたからだろ。
それでもぶつくさ言いながら下ろしてくれる辺りはコイツらしい。

靴のない足が床に着く直前、
今度はラビにそれを抱えあげられて。
次の瞬間にはもうその腕の中だ。
何年経っても変わらねぇ笑顔が近い、



「悪かったな、アレン」

「いえ、僕も好きでやってますから」



俺のそれより一回りは太い首に腕をまわして、居心地とか着物と
かを整える。
ふと顔をあげると、さっきまで頭の上にあった、アレンの銀灰色
と眼があって。
アレンは少しだけ複雑そうな表情でわらうと、今度はリナリーの
いるひとだかりの方へ消えた。


気ィ聞かせたつもりか…
相変わらず余計な世話焼きやがって



「で、何が『悪ィな』なんだ?」

「ん?いやさ、オレの留守中の虫避け頼んでたから」

「…アホか。そんな物好き、一人でたくさんだ」



でも相変わらずはコイツも、俺も同じこと。

素直にならない口に代わり、さっきとは違う意味で頬を寄せると、
ゆるやかに、しっかり抱きしめてくる腕

さっきまで俺を抱いてた赤い腕より
逞しく、長いラビの腕。



「お前だけで十分だ…」

「…うん」



布越しに伝わる体温が、匂いが
今度は俺の中に染み渡る。

本当はもっと言ってやりたいことがあったけど、
コイツがあんまり幸せそうに笑うから



何も言わず
ただその腕に身を任せて目を閉じた。











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