【ふたりぼっち〜the other night】








「オレらさ、教団を出ることにしたんさ」



紫色の臭い煙を美味そうに吸い込みながらラビは空に呟いた。
事態は一刻を争うと言われ、自分とリナリーはまわされたはずな
のに。いざ着いてみると、彼らは任務中とは思えないくらい温厚
な時間を過ごしていた。
見張りこそ置いてはいるものの、夜になれば無防備に大の字にな
って寝るわ、暇つぶしにカードゲームをしてるわ。
アクマの退治は、レベル4はどうしたと聞けば



「あぁ、この間ずいぶん痛めつけたし、当分は出てこないんじゃね
ぇの?」



なんて帰ってくる始末。
…これの一体何が切迫しているんですか、コムイさん?



「オレら、って…神田とですか?」
「ひっで〜、他に誰がいるんだよ」



でも、まぁ少々抜けはしたものの、事態がそう深刻じゃないってこと
は喜ぶべきことなのかもしれない。
今、こうして僕の隣りに座るこのヒトには帰るべき場所があって、待
つ人がいる。
幼馴染みで、かつての親友。そして今は恋人。
僕にとっては戦友で、かつての想い人。



「教団を出て……それから?それからどうするんですか?」
「さぁ?とりあえず住む家探して…仕事探して…」
「どうして…!そんなわざわざ行く宛て作って出て行かなくても…神田
のことだってあるんですし…」



それだけにラビの発言には驚かされた。
戦争が終わった後のことを考えなかったわけじゃない。ただ、僕はエク
ソシストにしか成り得ない人間だ。外に出て、厳しい現実に晒されるよ
りは教団に残って、志半ばで命を散らせた仲間の魂を守っていこうなん
て思っていた。
それは残りの時間を懸命に生きようとする、彼に何が出来るのかを考え
た結果でもあったから。ラビはそんな僕の動揺なんかどこ吹く風といっ
た様子で。口に溜めた紫煙で器用にわっかを作ると、形を崩さないよう
に優しく、黒い空に吐き出した。



「そんなん、どこだって同じっしょ」
「でも…教団なら、呪いを帳消しにする方法だって…」
「使ったモノが元に戻るかも、とか。本気で思ってんの?アレンは」



そして分かるか分からないかくらい口の端を持ち上げて、今度はひとつ
ひとつを惜しむように言葉を吐き出した。





「──ユウはもう、永くねぇさ」




乾いた口唇の紡ぎだしたそれは、禁じられてたものだと思っていたのに。
異常なまでにいつも通りの声で、いとも簡単に言葉にされてしまった。



「何、言ってるんですか」
「ユウの命はもうすぐ終わる。いや、ホントはとっくの昔に終わってて、
今はカミサマが頑張ったユウにくれたご褒美程度の時間なのかもしんねぇ
な」
「馬鹿なこと言わないでください、貴方まで!!」




幸せになって欲しかった

運命とか 宿命とか

そんな言葉、出逢えた奇跡で終わったことにして

何にも囚われず 翻弄されることなんてなく


今度こそ……




「ラビの口からそんな…諦めみたいなこと、聞きたくないです」





酷すぎる。
そんなこと、口にする人がいたら、彼に代わって怒ろうと思ってたのに。
殴ろうと思ってたのに。飄々としたそのヒトの隣りで、行き場をなくし
た手のひらは拳になって、アスファルトの少ない砂をギュッと握り締め
た。



「諦め、ねぇ──オレがそんなコト出来るくらい潔く見える?」



もう一言を彼が言ったなら、僕は迷わず振るった。けど、やっぱりラビは
小さく笑って、半分くらいの長さになった煙草を地面で消した。



「時間の長さってあんま関係ねぇさ?アレン」



その表情は、まだこの輪の中に神田がいたあの頃を彷彿させたけれど、磨耗
する時間の疲労に刻まれた隅と不精髭がそれを邪魔する。



「たとえ明日終わる命だったとしても、その一日はユウが一生懸命残してく
れて、オレが必死に守った、オレたちの時間なんさ」




こんな日々はいつか終わってしまう。
そんな恐怖に一番怯えてるのは彼らなんだと思ってたのに



「他の奴らがどうだからなんて、関係ねぇさ。それがカミサマの慈悲でも悪
魔の悪戯でも。ユウとオレのための時間ならそれ以上望むことなんかない」



ラビは団服の大袈裟なポケットからくしゃくしゃの煙草を取り出したけど、
予想通りそれはからっぽで。
苦笑しながら灰皿にしてた空き缶に、吸い殻と一緒に突っ込んだ。



「だけど、もし……もしもその最後の時間が今この時だったら…?」
「それはねぇって、絶対」
「なんでです」
「約束しろ、ってユウが言ったから。ちゃんとオレが守ってくるか見届ける
まで、ユウは絶対死なねぇさ」



自信に満ちた表情と言葉。
そしてそれに重なった不気味な咆哮に僕たちは同時に腰をあげた。
じわりと空気に染みた血の臭いに緊張が舞い上がる。
「きやがった」と呟いたラビの言葉に主語は存在しなかったけど。



「他の連中起こしてこいよ。こっちは引き受けとくさ」
「舜殺とか悪い冗談はよしてくださいね」
「まさか。アレン、ユウの嫌いなこと知ってるだろ?」
「愚問ですね」



アイコンタクトにひと股で遠く離れた足音が合図。追いかけるように吹き抜け
る、乾いた風がその痕跡を掻き消した。






アクマと、エクソシスト
最期の戦いが静かに幕を開けた──