「ロマーリオ、ボス知らねぇか?」


それは国民の多くが食休みと称して小さな眠りを楽しむ時間。
柔らかな日差しが南の窓からふわりと入り込み、部屋を優し
く温める。
キャバッローネの屋敷も例外に漏れず、波の寄せる音を子守
唄に同胞の半分が心地のいい眠りの中にいた。
もちろん全員がそういうわけにもいかないため、ボスと側近
の何人かはファミリーの警護にあたることになる。
ロマーリオもその一人だ。


「ボスならさっき出てったぜ。シェスタが終わるまでには帰
るから行き先は聞くなつってたが、どうせいつものとこだろ
う」

「またキョーヤか。ボスもいい加減物好きだよな」


最近シェスタはいらねぇとか言ってんのはそのせいか。
大袈裟なため息をつく同胞は憎々しげにそう吐き出し、持っ
ていた紙の束を散らかったオークの机の上になげた。
特に束ねられてもいなかった束は衝撃で簡単に崩れ机の上の
ものを次々跳ね飛ばしていく。彼が慌てたのは紙がセンスの
いいガラスの写真立てをはねた時だ。ボスがそこに飾った写
真をいつも愛しげに眺めていることは誰もが知っている。


「そう言ってやるな。今まで一ヶ月根をつめてやっと五日ばか
し会えるってのを繰り返してたんだ。日帰りで会えるならそり
ゃ毎日会いたくなるだろ」

「ボンゴレの幹部ってのは分かるが…あの坊主のどこがいいん
だか」

「じゃじゃ馬なとこだろうな」

「馬同士気が合うってか?」

「はは、上手いこと言うじゃねぇか」


ほんの数ヶ月前だ。ボスの教え子でもある暴れん坊がイタリア
はボンゴレ邸に預けられたのは。やがて正式に後継者となるボ
ンゴレ十代目に先立ち、もう一人の守護者と共に九代目の元マ
フィアを学ぶことになったとのことだ。
学ぶってやっぱりあいつらガキだよなぁと蕩けそうな顔で話し
ていたボスはもうとても他の連中には見せられたものじゃなか
った。そのガキにめろめろな大人はどこのどいつだ。


「なぁロマーリオ、いい加減止めさせたほうがいいんじゃねぇ
か?」

「確かにな。でも困ったことに理由がねぇ。遊びならボンゴレ
になんて言い訳すんだって説教すりやいいけどよ」

「マジってのがまた難しいとこだな」


渋い顔の兄弟が落ちた写真立てを元の場所へ戻す。
写真嫌いな恋人を丸め込み、拝み倒して取った写真はもう大分
前のものだ。数十センチの紙の中のボスは今より少し幼いし、
隣の恭弥も学ランを着ている。
焼き回しでもすればいいのに、太陽をいっぱいに浴びる場所に
置かれた写真は色褪せ始めていた。


「誤解すんじゃねぇぞ、オレだってボスには幸せになってもら
いてぇんだ。ただ、相手が問題だっつってんだ」

「まぁ確かに恭弥じゃ一生尻に敷かれるのは間違いねぇな」

「真面目な話だぞ」

「恭弥がボンゴレの幹部でしかも男ってことならとっくの昔に
ボスだって分かってるさ」


自分と同じように、目の前の彼もまた、先代の頃からキャバッ
ローネに忠誠を誓っている。キャバッローネは勿論ボスのこと
も我が子のように心配しているのだろう。
ボスである以上、跡継ぎは必要だ。ボスは九代目のただ一人の
息子だったためそのような事態には巻き込まれずに済んだがう
やむやにすれば間違いなく争いの種になる。
今のキャバッローネにはそれだけの価値があるのだ。


「でも本気で惚れた初めての相手が恭弥ってのは良かったと思
うぜ。きっとあいつに出会わず周りの言うまま適当なマフィア
の女なんかと一緒になってたら、きっとつまんねぇ男になって
た」


いつかきっと無理に引き裂かれ、辛い思いをする。
同僚の懸念は分かる。それはずっと自分も気にかけていたこと
でもあった。
平凡な人生を望んでいた子どもにカタギではない生き方を選ば
せた負い目もあり表立って反対も出来ず何度日本へ同乗したこ
とか。

それもいつか諦めた。
日本で使ってたホテルでのことだ。
恭弥の膝の上でぐっすりと眠るボスの顔はずっと前に無くして
しまった子ども時代の顔だった。ファミリーのためと弱音ひと
つ吐かず、ずっと突っ張ってた男が無条件に甘えられて無条件
で守りたいと思える相手が年下の少年というのも皮肉な話だが、
守るものが広がることで勢いだけでなく一家の主として貫禄が
出てきたのは事実だ。
現実的な恭弥の性格も手伝って、気付いているはずの問題をそ
のまま野放しにするはずもないかと思えてきて、以来その問題
に気を揉むのを止めることにした。


「ま、必要だと思えば自分たちでなんとかするだろうしな」

「いっそ恭弥が女だったら良かったんだろうな」

「それじゃ、お前。恭弥が姐さんになるんだぜ?オレたちの」

「…前言撤回だ」

「だろう」


明るい笑いが窓から零れると重なるようにすさまじいエンジン音
が響いた。
ボスの愛する恋人に負けじとじゃじゃ馬な真っ赤な愛車がつんざ
くようなブレーキ音と共に庭に飛び込んできた。


「お、噂をすればだな。おい、時間はどうだ?」

「4:02。ボスにすればまぁまぁ優秀か」


最近では主の帰宅が皆の目覚ましとなってるだけに、時間は厳守
と約束させている。300も出る跳ね馬に渋滞の言い訳は効かない。


「まぁキョーヤと付き合って良かったのは時間に正確になったと
こか」

「ちげぇねぇ。こりゃ午後一番の仕事は説教だな」


慌てて庭木を飛び越える金色の頭を見てオヤジがふたり、むさくる
しく笑った。




END.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ロマーリオはもういろいろあきらめてると思う。
そりゃ、昔は跡継ぎとかボンゴレとの関係とかいろいろ考えたろうけどさ
人間、年をとると心が広くなるよ、人によっては



back