【コンプレックス・ラヴァーズ】






コンプレックスというのを持つのは初めての経験だ。
神田とて健康な青年ではあるが、いかせん強さに固執
するところがあり一般的に同じ年頃の人間が抱くよう
な複雑な感情をもちそびれたと自覚はしている。
事実コムイからも良く指摘される。
コンプレックスを持たない、と言うのもそれに起因し
ているのだろう。今まで誰がどうしようがさして興味
など持たなかった。必要なのは自分自身の強さであり、
それが確固たれば他人からのプラスアルファなどどう
でもいい



「なんか持ってくるさ。ユウ、何がいい」



はずなのに、
なんだこのモヤモヤは。
鳩尾の辺りが内側からこう、ぐるぐる擽りまわされてい
るような、この感じ。屈辱にも似た不快感だった。
吸っても吸っても空気が入ってこない苦しさに一瞬かき
けされそうになるが、この感じはちょっとやそっとじゃ
忘れられない。
甘やかな視線の下、あやすように髪をなぜる手のひらは
落ち着いた呼吸を引き出すが同時にその感覚も強くして
いく。


「…なんでもいい、任せる」

「そう?じゃーアレにするさ。こないだミラノの行った
時、バールで分けて貰ったやつ」

「…ミルクいれんじゃねーぞ」

「大丈夫、エスプレッソは砂糖たっぷりがキホンだもん
な。直火のはちょっぴり時間かかるから寝て待ってて」


小さく音を立てて離れていく口唇の主は無駄に色っぽく
笑い、軽い口調で自分の上から退いていく。
その動きはけして俊敏でないが今の自分のようにぎこち
ないものではない。鼻歌混じりで食器棚へ向かう背中を
見送ると自然と舌打ちが出た。手際良く二人分のカップ
とコーヒーの準備をするあの背中は献身的ないい恋人に
違いない。
が、それはあくまで神田が女だった場合の意見だ。
恋人同士になり、体の関係が出てきた時に違和感を大し
て覚えなかったのはそこに明確な理由がなかったからだ。
上がいいとラビは言ったし、自分も男相手に勃つような
特異な性欲は持ち合わせてなかったため、それならばと
決まったにすぎないのに。


「どうかしたさ?ユウ」


晒した背中は成長途中だが、間違いなくあれは男の背中
だ。引き締まった肩や腕は骨や筋肉の形がくっきりとわ
かり、所々についたみみず腫れは今さっき自分が付けた
ものだ。それだけで死にたい気分になる。


「どっか痛い?ごめんさぁ、無理さして」


「別に…それよりいつまで待たす気だ」

「うーん、こればっかはもうちっと?」



民族性と、そういうものがあるから体のことは深く考えな
いことにしていた。接吻けようと近づくのに眼を閉じて待
ってしまうのは位置だけでなく中身まで女みたいになって
いるようで本当に気にくわない。



「なんだってコイツの裸にドキドキしなきゃならねぇんだ」

「ん?何か言った?」


こんな感情が恋人の欲目というやつで、ラビ以外の皆がは
自分を屈強な戦士と恐れていることを欠片も知らない激鈍
なある時の神田のお話。




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隣の芝は青いと言うか(笑)





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