なんでこんなことになってんの
なんでこんなトコにいんの?


後悔、なんて

オレの人生の中じゃそうそう珍しくないやりとりが頭の中を
ぐるぐるかけめぐる。それでも最近じゃ、そんなやりとりが
意味のないことを悟って。なんとか答えの部分まで思考を持
っていくことを覚えたのに。
目の前に広がる光景にオレが悲鳴をあげるより早く。さっさ
と気付いてしまったディーノさんにしぃ、って沈黙の要求を
されてしまい

喉でひっかかった声はそのまま行き場をなくした。













黒猫と里親と飼い主
















事の始まりは、ディーノさんの滞在してる個人医院の一室に
行った事だ。

情け容赦はもちろん、労りもなにもない修行はいつにも増し
て非人道的で。時間がねぇんだ、とかリボーンは言ってたけ
ど、体力が底をつけばなんも出来ない。
不本意な修行の愚痴を零す反面ふと頭をよぎったのは他に修
行と銘打ってしごかれてるであろう人たちのこと。

獄寺くんと、シャマルはさっき見た。
お兄さんとコロネロはある意味心配なさそうだけど、山本の
家庭教師は結局誰なんだろうとか色々考えてみたり。
なかでも一番心配なのはディーノさんと、ヒバリさん。


どうしてる、って考えたところでヒバリさんの性格を考えれ
ばすぐに答えは出る。
きっと殴りあってるんだ。
ただ、問題はその先って言うか。手前って言うか。
ぐるぐると思考がめぐるのは体の酷使を頭が追い掛けてバラ
ンスを取ろうとしてるんだろう。太陽みたいな金色と、夜み
たいな黒なんて酷く抽象的なふたつが順番に頭の中を支配す
る。



「そんなに心配なら見に行ってくりゃいいだろ」



リボーンのひと言は修行の愚痴ばかり漏らしてたせいで何が
言いたいのかの判断が遅くなった。まぁ、判断したらしたで、
気付きたくなかったって後悔したんだけど



「そんな体力あるわけないだろ!もー動けないって!!」
「だらしねーな、部下の心配すんのもボスの仕事だぞ」
「だからヒバリさんが部下になんてなるわけないだろ!」



秩序と風紀と孤独をこよなく愛して
群れるやつと気にくわないヤツは誰構わず隠し持ったトンフ
ァーの錆びにする。

最強、最凶、最恐。
もはやどれがふさわしいのかもわからない、危険人物の代名
詞みたいで出来たら関わりたくない人。それがヒバリさん
──雲雀恭弥という人
ファミリーの話だってリボーンが勝手に言い出しただけだし、
ヒバリさんはオレのことなんか気にも止めてない。
何より あの人が群れるなんてオレには想像もつかないんだ。



「問題ねぇぞ。ディーノなら適任だしな」



それなのにリボーンは相変わらず自信たっぷりって感じだけ
見せてそれ以上は何も教えてくれない。気になってしまった
以上、放っておくのも気持ちが悪かった。
仕方なく、ぎちぎちはぎれの悪い音を響かせる体を無理矢理
動かしてディーノさんが押さえてる病院へと足を向けて。


現在に到る。





「………」



言葉が、出ない。
いや出し方を忘れた。
今までどうやって声って出してたんだっけ?
ボスなら中にいるぜ、って通してくれたロマーリオさんの苦
笑いにこんな理由があるなんて。絶対誰も考えない。
リボーンだってそうだ。
…いや、アイツは気付くかも
「オレはこうなるって分かってたぞ」
うん、普通にありそう…



『──ツナ』



ドアを開けたまま固まってるオレの心情を知ってか知らぬか、
黒革の安いソファに座った人はいつもの笑顔で当たり前のよ
うに来い来いとオレを呼んでくれた。おかげで我には帰れた
けど、とても冷静にはなれない。
だって、ゆうに三人は座れる広いその場所にはもうひとり横
たわる人が。



「ディディディーノさんッ…何を」
「しぃ、静かにしろって。起きちまうだろ」



夢か幻覚かドッキリか
非日常にもほどがある光景に声が高くなるのはむしろ自然の
摂理。けど、ディーノさんの静止で傍らで寝息をたてるこの
人の恐ろしい特技を思い出し、慌てて口をつぐんだ。
もちろん、そんなさっくり気持ちの入れ替えが出来るはずな
いから好奇心に負けておそるおそる視線戻した後も何度も目
を擦ってみた。

幅の狭いソファできゅっと縮こまる黒のカタマリ。時々寝ぼ
けてかすりすりと枕代わりの膝に頬を擦る姿はネコそっくり。
ただ、黒い毛並を持って、思わずキュンときそうなあどけな
い笑顔を晒すのは黒猫なんかじゃなく
さっきまでオレの頭の半分を支配してた人
ヒバリ さん



『かわいーだろ、やっとなついたんだぜ』



なついた、って…
そんな野良猫じゃあるまいし…
ウキウキなんて軽い効果音の零れるディーノさんを見、そし
てすよすよと眠るヒバリさんを見た。

野良猫、はやっぱり言い過ぎだった。

でもソファからはみだす、長い足に載せた腕に顔を埋めて眠
る姿は警戒とはほど遠い。って言うか警戒してないヒバリさ
んなんて今までみたことないけど
…なんて言うかここまで無防備なのは意外だ。
少なくとも、敵意ばしばしのオレたちとは違ってディーノさ
んに心を許してる、ってことになるのかな…?
なついたのかどうかは別にして



『用事があるなら起こすか?』
『え!?い、いえ!心配で様子見に来ただけですから!』
『そうか…まぁ、最初は駄々こねてたけど。頑張ってるもん
なぁ、恭弥』



…やっぱり、部下がいる時のディーノさんは凄い。
慈しむような眼差しで柔らかそうな黒髪をくしゃくしゃ撫で
るのは大きな手のひら。擽ったそうにもぞもぞと動くヒバリ
さんがいつもと違って歳相応に見えて

やっぱりオレたちはまだ子供で
大人はちがうなぁなんて思ったりした。

…矢先。

むく、っと黒い塊が顔をあげる。そんなに大きくて俊敏な動
作じゃなく、静かな動きだったけどあまりの無駄の少なさに
声をあげる間もなかった。



「あ、起こしたか?」
「…………」



もしかして熟睡してたのかもしれない。
前に病院でボコられた時とは違い、つりあがった瞳にはまだ
眠気がたっぷりと残し、虚ろで。本当にぐっすり眠ってたこ
とを気付かされる。意識もまだ、完全には復活してなのか、
ディーノさんの声にようやくその存在にも気づいた感じだ。



「…起こしたも何も、起きてた」
「疲れてんだから、無理しないで寝ててろ」
「寝てないってば…第一眠く、ない…」
「分かった分かった」
「何それ、むかつく」



あくびしたり、目元を擦ったり
にも関わらず眠くないとか言ってみたり。
ところ構わない言動はいつものヒバリさんそのもの。びくびく
しながらもなんでヒバリさんはヒバリさんだな、良かったとか
思ってんのオレ?
あくびついでの涙を拭いながら睨みつけるヒバリさんと、苦笑
いでなおも頭を撫でるディーノさんを眺めつつ。やっぱりあの
時不用意に叫んで、存在を気付かせなくて良かったと胸を撫で
おろした。

…それにしても、なんでこの人たち、こんな違和感なく同棲し
てんだろ。
言ってる側からヒバリさんまたあくびしてるし。



「…眠くなった…寝る」
「おい、寝る前にお前のボスに挨拶しとけよ」



いえいえいえ!!
結構です!!滅相もない!!
って言うかなんで話振るんですか!
こっちは気付かれなくて安心してたのに!!

ものの数秒、色々叫んでみたものの、全部心の声だから聞こえ
るはずもない。しかもボスじゃないからと叫んだ辺りで眠そう
なヒバリさんの視線がトロリとこっちを確認した。その瞬間は
本当に人生の終わりさえ覚悟した。

けど、前みたいにトンファーが飛び出すことはなくて



「…僕は、ボスなんかいない」
「なんでだよ、昼間約束したじゃねぇか。真剣勝負で負けたら
って」
「負けてないよ。僕はまだ生きてる…あしたは、あなたをまか
す」
「明日もすんのかよ、真剣勝負」
「まじめにやらないと、ゆびわ…捨てる、から…」
「仕方ねぇな、一回だけだぞ」
「…やだ、決着つく…ま……で…」



それどころか、小さく頷いた瞬間に眠気に呑まれて。体を支え
た腕がカクンとなれば、白い頬は当たり前のように広くて逞し

い胸に沈む。
それっきり喋らなくなったのは完全に寝落ちたからなんだろう。
ズルズルと滑り落ちてく途中でディーノさんの腕が抱え直した
から膝に逆もどりはしなかった。
けど



「わりぃな、ツナ。素直じゃないんだよなぁ、恭弥」
「いや…ヒバリさんてそういう人だし…」



連呼されるファーストネームと、制服のままの細い体を抱っこ
で運ぶ、ディーノさんのいつになく優しい顔にディーノが適任
と言ったリボーンの恐ろしさが倍増してなんとなく疲れも上乗
せされた。
ついでに、この数日で2人に何があったのかを想像すれば、ボ
スになった後の気苦労までくっついてきて
ヒバリさんをベッドに寝かしてキスを落とす後ろ姿に濃厚なた
め息が漏れた。








End.