【castita】






「僕を呼び出すなんて、君も偉くなったよね」



隠す気など、更々ない態度。ファミリーの大人が見たら同盟の
ボスになんて口のきき方だ、とか怒られるんだろう。
その前に、僕の手を引きながら苦笑いで誤魔化そうとしてる彼
に別に気にしてないとかばわれて僕の評判はまた悪くなるのだ
この国の女は例外漏れず陽気で社交的だから



「だから迎えに行くって言ったじゃねぇか」

「君が迎えに来たら漏れなく部下も付いてくるじゃない」



広い広い、キャバッローネ邸。
小さなデパートくらいあるんじゃないかと思う敷地内で『偶然』
すれ違った部下の数は既に二桁にのぼる。
ディーノに言わせれば僕に興味があるらしいが、どんな興味なの
かまで追求する勇気はない。
と、言うよりは僕が問いつめるより先にこのお喋りがさっさと口
を滑らせた。



「オレがめろめろになってる恭がどんだけ可愛いのか気になるん
だよ、あいつら」

「…あなた、どれだけノロケばら蒔いてるの?」



そう言えば、すれ違ったのは見たことのない顔ばかりだった。
あれだけ部下を取っ替え引っ替え日本に来てたのに。
まだ知らない顔があったことも驚きだが、知りもしない連中まで
にディーノがおかしな先入観を植え付けていたのかと思うと頭痛
がする。





数ヶ月前、沢田たちより一足義務教育を終えた僕はそのままイタリ
アへ渡った。本来なら沢田の卒業を待って全員で渡るのだが、それ
までの一年を無駄にする気はないとリボーンに話したらあっさりイ
タリア行きを許可してくれた。
何やら楽しげにしてたのが気になるけど、同じく卒業した笹川と一
緒にマフィアとしての修行9代目に預けられることになり、現在に
いたる。
女の身であるのを僕のボスは大分気にしてたようだけど、9代目は
とても良くしてくれるし、どこぞの跳ね馬が三日と明けず訪問して
くるから当面の問題はない。




「そういえばさ、9代目の前では色々と控えてくれないかな」

「色々って?」

「キスとか手を繋ごうとしたりとか」

「あれぐらいイタリアじゃ日常だって。9代目のじーさんも大して気
にしてねぇよ」

「『ヒバリがこっちに来て一番浮かれてるのはディーノだな』とか言
われてるのに?」

「飛行機乗らなきゃ会えなかった愛しい恋人が、今は車で30分の距離
にいるんだぜ?そりゃ浮かれてるだろ」

「…一度死になよ」

「いくら恭の頼みでも、そればっかりは無理」

「……もういいから、わざわざ呼び出した理由を説明して」



もはやこれは文化とかそういう問題ではなく、控えて欲しい僕とあわ
よくば常にそうしていたいディーノでどこまでも平行線なんだろう。
慣れない空気にいい加減疲れて話題を摩り替えたのに、今度は忘れさ
せてたことを思い出させてしまったみたいで。しまりのない顔でニヤ
ニヤしてる。



「今日、何の日だか知ってるか?」

「それを僕に聞くの?」

「嬉しいことは何度だって口に出して確かめたいもんだろ」



誕生日なんて、16回も繰り返せば感動も薄れると思うのだけど彼は違う
らしい。ファミリーの跡継ぎとしてさぞかし盛大に喜ばれたんだろう。
もちろん想像にすぎないのだが



「見せたいものがあんだよ」

「見せたいものはいいけど、手は別にいらない」



キャバッローネの屋敷には何度か来たことはあったけれど、好き勝手歩
きまわり、すべての部屋を把握したわけじゃないから必然的にディーノ
に案内されることになる。
指を絡めて恋人みたいに繋ぐディーノの手をやり過ぎだと払おうとする
けどしっかり握られて離れやしない。
まったくイタリア人というのは鬱陶しい。



「ダメ、一人じゃ迷うって」

「むしろ君が転ぶのに巻き込まれないかの方が心配だよ」

「そんな心配しなくても、ホラ」



もう着いた、と指差されたのはひとつのドア。
いつの間に来たのか三階の廊下の突き当たりにあった部屋のものだった。
立地上何度か目にしたことはあったが入るのは初めてだ。
何の部屋なのか分からないが、他の部屋のそれに比べて細工も細かい。



「何の部屋?」

「『元』書斎」

「今は?」

「入れば分かる」



ホラ、と笑って背中を押される。
いつもなら自分で開けて僕を先に通すディーノが。
よほど僕に開けさせたいらしい。

錆かけたノブが回るのにつれかすれた音を立てた。
豪華な見た目よりはずっと軽くて少し押せば簡単に開く。向かい側の窓
から吹き込んだ突風に一瞬視界を奪われたけど、すぐに目を凝らせば



「───」



言葉が、 でなかった



「驚いたか?」



後ろから入って来たディーノが優しく肩を抱いて、そのまま抱きしめて
きた。うっとおしくてたまらないはずのに、今は目の前の光景のつじつ
まを合わせるのに必死で頭がそこまで回ってくれない。


「誕生日、おめでとう」

「なんで…」

「日本じゃ16歳からオッケーだってリボーンが言ってたから」



色のないドレス
パーティなんかで着るようなものじゃない

もっと美しくて
もっと、特別な意味を持ったもの




「だから、結婚しようぜ」



いつの間にか合わせられた視線は普段からは想像できるないくらい真剣
で、でも優しい。
上手い答えを見つけられずにうつ向けば優しく抱き寄せて僅かな隙間さ
えなくなってしまう。



「…普通、指輪が先でしょ?」

「指輪はずっとつけるだろ?恭の意見聞いて一緒に選びたい」

「僕が断るとか考えないの?」

「オレにぞっこんのくせに何言ってんだよ」



そんなわけないに決まってると返してやりたくてもこんな風に腕に包ま
れたままじゃ説得力も何もない。



「…僕の誕生日とプロポーズが一緒だなんていい度胸じゃない…」



吹き込んだ風がカーテンを丸く持ち上げる。綺麗に磨かれた窓ガラスから
差し込む太陽の光に純白で飾られたドレスが輝いた。



「幸せにしなきゃ、咬み殺すからね」







End.







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