「オレの心臓、ユウにあげるさ?」



そうやって体を重ねる度、軽口を叩き左の胸に儚い熱
を残した。
正直、記憶力に自信はなくて、不本意にも覚えてんの
は身体の方。確かにコイツはやたら所有痣やら歯形や
ら残したがったけど。
それでもこの言葉だきゃあ特別で。



「いらねぇ」
「酷っ!ユウちゃんはオレの健気な心意気、無駄にす
る気さ!?」
「当たり前だ!どこに置けってんだよそんなモン!!」



けど、思い返せばコイツは不自然なくらい他己的なヤ
ツだった。
愛も欲求も、注いでくる分から考えれば求めてくるも
のは驚くほどに少ない。たまに笑ってやるだけで、ま
るで世界がひっくり返ったみてぇに騒いで、喜んで



「じゃ、ユウのやつの隣に並べとけよ。そしたらオレ
はいつでもユウの腕ん中にいられるっしょ?」



触れる口唇は熱と告白めいた言葉だけ左胸のサンスク
リットをなぞる指先は無欲過ぎて、ただの一度でさえ
繋ぎ留めようとしたことはなかった。

──でも、



「ブックマンとラビが伯爵側に寝返った」



だから今こうして、気持ちワリィくらい冷静な対応が
出来てんだ。無線の向こう側で抑揚を無理矢理潰した
コムイの話さえ、俺はどこか予測してたことで。

遠くない未来に、アイツが俺を置いていなくなるって
気付いてたから。























【ラスト・プロローグ】



























「我々は記録のため、たまたま教団側にいるに過ぎな
い」

日本行きの船でジジィが耳打ちしたことはホントだっ
た。突然のアクマの襲撃で戦局が不利になって、あわ
や全滅の場面で気持ち良いくらいの潔さ。傷付き、で
もミランダのイノセンスの力で死ぬことも出来ない連
中を後目に、オレらはいくつかの情報を土産にさっさ
と伯爵側についた。
なんで、なんて叫んだのはリナリーだったっけ?

一応答えらしいこと考えてみようとも思ったケド、ち
ょうどイイのが見つかんねぇまま気付けば額の刺青が
痛まなくなってた。





「…で、答えはこうなるワケさ」
「ふぅん、うさぎやっぱ頭いいよねぇ」



真っ白のノートに連なるのはスペイン語。
中途半端も気持ちワリィから、とりあえずは問いの答
えまで書いて差し出すとやる気のないロードの手がの
ろのろと受け取る。
そんで、確かめんのかと思いきやそのままパタンと閉
じて



「じゃ次、コッチ〜」
「はぁ!?今ので終わりじゃないさ?」
「算数はね。次理科」



目の前にどんと置かれたプリントの山を前に、ため息
一つ…
いくら小学レベルとはいえ…この光景、ちょっとトラ
ウマ開くさ…


「どうでもいいケド、オレにやらして困るのロードだ
ぜ?」
「別にィ?いいじゃん、どうせみんな死んじゃうんだ
しぃ宿題なんて意味ないよぉ」



羽のくすぐったいペンを動かしつつ、言ってはみるも
返ってくんのは減らず口のみ。
無駄と知りながら諭すのって結構悲しい…
つか、オレもジジィからの課題片付けねぇと殺される
んですケド




伯爵側について何が変わったか。
多分なんにも変わってない
そりゃ、周りは人じゃない連中が増えたし、変な刺青入
れられたケド相変わらずジジィから出された課題を消化
する毎日。しいて言うならロードってノアになつかれて
宿題手伝わされるくらい?
実際、裏切ったっつっても直接対決もないから実感わか
ねぇし。



「ティッキーお使いすんだかなぁ、あいつバカだから迷
ってるかも」
「日本だろ?言葉分かんなきゃキビシーさ」
「うさぎ喋れんだっけ?」
「もっちろん!愛のチカラでペッラペラ」



脳内図書館開館〜なんつって
引っ張り出した本のタイトルは「やさしい理科」とか
なんでこんなんまで覚えてんだ、オレ…



「しっかし…な〜んでこんなトコに缶詰くらってんだか
…」
「ヘボだからだろぉ」
「何言ってるんさ、フツーにアクマよりはイケるって、
ジジィはどうだか知らねぇケド」



二問、三問
解いていく内に文字はどんどんかすれ読みにくくなる。
気を取り直してインクをつけ直すと、紙でも詰まったの
か。過剰な量の黒に文字がぐにゃぐにゃ歪んだ。



「元お仲間だろぉ?やれんのかよ」
「必要ならやるさ」



疑いとか、問題はそれ以前にある。
はた目から見りゃなんで今まで敵だったヤツ、こんなに
簡単に受け入れんのか、いつ裏切るかって感じで
浅くなく、深くなくそれ前提にいつでも殺せる程度の位
置にいる。それでもパンダが行動を起こさないのは記録
に関して支障がないからなんだろう。
オレがどんな気持ちでいようともパンダの中に裏切り者
には教団に戻る、って選択肢はもう跡形もない



「リナリーも?」
「勿論」
「吸血鬼とか」
「殺れるさ」
「ミランダって言う時計女はぁ?」
「楽勝」
「じゃ」



オレは世界でたった一つの真実をつむぐ本。
どんなに醜くてもどんなに無様でも生き残らなければ意
味がないとと教えられた。ブックマンの一族にとって世
界の記録は生きた証。それが消えることは一族の存在を
消すことになる。
だからおまえは生きなければならない。



「神田ユウは?」



そうでなきゃオレに価値なんてないのだと繰り返し叩き
込まれた。
なのに、たった一言その一瞬で指先が冷たくなった気が
した。



「あぁ、『カンダ』?」
「うさぎ、ソイツに惚れてんだろぉ?」
「まぁ、大昔は恋人だったりしたケドな」
「へぇ」



爪先を黒く染めながらも先に詰まったゴミを取り除けば何
事もなかったとばかりに文字を描きはじめる。だけどあが
った心拍数は簡単には下がらずに痛いほど存在を強調して
きた。



「で、どうすんの?」



一瞬、どんな表情を出すか悩んだ自分に驚きながらも気が
付けば作れたカオはひとつだけでこんな時のために、オレ
らしく軽く答える言葉とかずっと前に考えてて
何度も何度も頭の中で練習してたのに




──いらねぇ



「美人だからなぁ、殺さないで愛玩とか?」


──どこに置けってんだよそんなモン




あぁ、心で泣くって、こんなこと言うんかな?
ぎゅうぎゅうと締め付けられる胸に目尻を乾せたまま何度
も瞬きを繰り返した。



「でもユウは意地っ張りだから、そんなにしても自分で死ん
じゃうかな?やっぱ死なせてやろ」



せめて落ち着いた口調で返すと、あとは自分でやれよ。って
まだ途中のプリントをロードにつき返して席を立った。
天体の問題は得意だったケド、今は解ける気がしなかったか
ら。



恋人だったんだ
今でも愛してるのは本当

でも

そんなモノは全部ユウのところへ置いてきたから

壊さなきゃいけない
殺さないといけない

ユウとその隣に置いてきた
オレの心臓もユウへの優しい思いと一緒に壊さなきゃいけな
いんだ











「どうせ出来ねぇくせに、強がんなよぉ、うさぎぃ」




暖かい心を殺さなきゃ、こんな冷たいところでは生きていけ
ないから









End.