「好きだよ、恭弥」 愛してるだとか、好きだとか 甘ったるい言葉が口癖なのかと思うほど、彼は告白の類を繰り返し繰り返し僕に吐いた。 それでも、それはただの吐いて捨てる言葉にしては抱えきれないアイを抱いていて。さらに積み重ねられるうちに捨てきれなくなった。 そうして僕の体と心は甘ったるい空気に不本意ながら順応していった。 「だから、さ──」 時代遅れの愚かな人間の愚かな選択肢をなぞるのを躊躇わないほど。 太陽を抱こうとして地に堕ちた 身のほど知らずの英雄の話を知っていたのに、 僕は── 月食 鋭く振るわれたソレが空気を裂く音を聞いた。それに巻き込まれてばらばらと宙を舞った書類に一時目の前が白くなり、時間と共に元の景色を取り戻していく。 それでも、緊迫し今にも弾けそうな殺気だけは引いていかない。 空間を千切るように広がり、散った紙の向こうがわに悠然と構えて眉ひとつ動かさない姿があった。 「僕相手に隠し事なんて、いい度胸だね?どういうつもりだい、綱吉」 なんの迷いもなく、ボスの喉元に武器をつきつける幹部。ボンゴレじゃなくても異様な光景に間違いはなく、銀色だったはずのそれはこびりつく血痕に所々汚されていた。 今まさにそこらでうめき声をあげている連中のものだ。あらゆる型の血液がぐちゃぐちゃに混ざり、早くも黒く変色を初めている。 さっさと手入れしたいのに かつては脆弱な草食動物の見本のようだった僕のボスは面影を欠片も残していない。 それどころか、「彼」のような笑い方さえする。 「…人聞きの悪い。ちょっと伝えるのが遅れただけだろ」 「へぇ?随分生意気な口を叩くようになったね」 血のこびりつくトンファーで顎をなぞれば何の抵抗もないまま、それは無防備な首筋に到達する。そのまま力を込めても同じだった。 柔らかい光を浴びながら詰まるような息遣いと熱くたぎる脈動がドクドクと伝わってきた。 「教えないよ、オレは」 遠い廊下で騒がしく走る音がする。 やかましい駄犬が帰って来たんだろう。所々に広がる惨状を思えばここにとんでくるのは時間の問題か。 早く教えろと力を振るうのは簡単だろうけど、それで望む通りの答えが得られる可能性は低い。 ちょっと殺気立ってみせればすぐに口を開く連中とはワケが違う。 案の定、ボスはかすれた声で一番聞きたくない言葉を吐いた。 「あなたをディーノさんのとこには行かせない」 何となくこうなるのは分かっていた。 けど、それが現実となって僕の耳に入り込んだのは第一報から一週間も遅れてのことだった。 突如同盟が破られ、北の一区が襲撃を受けたのだという。守護者の直轄地区だったから被害こそ小さかったのだけど、それ以上にショックな情報も一緒に入ってきた。 反乱を起こしたファミリーはふたつ。 そのひとつがあのキャバッローネだった。 兄貴分だとか家庭教師だとかお節介の好きだったキャバッローネの10代目はただ同盟ファミリーのボスというだけではくくりきれない、馴染みの深い存在だ。 混乱は容易に想像出来た。 もちろん、無駄な抵抗もだ。 「それは君の決めることじゃないよ」 「違う、オレの決めることだ。恭弥さんは行かせない」 「君、何様のつもり?」 「自分を殺すようなものじゃないか」 「じゃあ、誰が?」 いったい、誰が? 机の上に転がされた電話のディスプレイに表示されていたのはただひとりの女幹部の名前だった。 あそこは「雨」の管轄なのに。 彼女に特別嫌悪した覚えはないけど、あの男のところに行かせるのに彼女が行くはずがない。 「自分が相手ならヒバリさんも恨みようがあるって、言ってたよ」 「は、冗談じゃない」 「恭弥さん」 本気で思っているのだろうか。 彼を殺して僕が傷付くだなんて そんな程度の存在だと、本気で思ってるのだろうか。 『きょうや、』 『好きだよ、きょうや』 頭の中で愛しい声が蘇る。 目の前の綱吉が泣きそうな情けない顔になった。 トンファーを下げると同時にけたたましい足音のヴォリュームは最高になって不必要なくらいおおきな音で後ろのドアが開いた。 「僕に殺せないなら、一体誰にディーノが殺せるって言うの?」 『オレが間違えたら、お前が止めてくれよ』 恭弥の一番近くで死にたいんだ すがるような弱々しい懇願は100万回繰り返された甘い愛の言葉よりも僕の奥底に染み込んで 僕を飲み込んだんだ。 End. Back |