思えば、オレの生き方というのは選択肢から選択肢を渡り歩くようなものだった。
ボスになるか、ならないか
敵を倒すか取り込むか
どちらの派閥に付くのか
そのほとんどが自分で選びながら多くのものに影響していて、すべてがやりたいようになんかならなかった。

「ごめんな」

腕の中でじっと息を潜めるひとはいつものそっけなさで答える。
強がりだったなら、きっとすべてを投げ出してもと思えたのだろう。でも、聡い年下の恋人はオレのことを誰より鋭く見破り、オレがするべきことを残酷に突きつけるのだ。

「僕に言った約束、覚えてる?」
「うん」
「知ってるだろうけど、君にかける情けなんかないから」
「うん」

優しく甘いものはいつまでも心にしがみついて引きはがすのが本当に苦しいのを知っているから

小さな体をしっかり抱いて、顔をあげた。古ぼけた時計の針はもうすぐ6時を差す。日没もあと数秒だ。

「せいぜい間違えないようにこれからの人生を過ごすんだね」

10年前、師弟として出会い
今、共に愛した時間のすべてを投げ出そうとしている
たったひとりの小さな恋人

避けることの許されない別れはもう目の前で
時計が止まればいいなんてメルヘンなことを本気で願った。






【皆既日食】









きれいで、でも恐ろしく乱暴で
雲雀恭弥という子供は空き地のボス猫みたいなやつだった。
素直に返事はしないし、
ひとを師ともなんとも思わないし
ドアノブや鍵を無視して蹴り開けることなんかしょっちゅう

そう、しょっちゅうで


「珍しいな、遅刻するなんて」

爆発音、銃声。悲鳴にうめき声と物騒な音に紛れてドアが弾け飛んだ。もくもくと立ち上る煙に映る黒いシルエットを茶化すと空気はひと息で殺気に満ちる。肌を刺し、それだけで人を殺せそうな空気は物騒ながらも知りすぎるほどに知ったものでささくれ立った心を優しく撫でおろす。
でもそれはこんな荒んだ世界で知ったものではなく、静かなあの国で出会ったひとと一緒にディーノは知った。

「途中で足留めされてね。かぎつけるのに無駄な時間を食った」
「それでか。お前昔から時間には恐ろしく正確だもんな」
「あなたがルーズすぎるんだよ」
「そうか?普通だろ」

すすけた頬を拭い、そのまま口唇をつけた。滑らかな肌は僅かに硝煙の臭いと苦味が残って舌を痺れさせる。
腕の中に滑り込んできた体は良く見れば、いつもシワひとつ汚れひとつない人が今日は埃まみれだった。柔らかい黒髪にもどす黒く変色した血液が絡みついている。
いつもより強く抱いてみても身じろぎひとつみせない。

「ひとりで来たのか?」
「残念ながら違うよ。おまけ付き」
「山本…じゃねぇな。笹川?」
「どっちもハズレ。小型台風だよ」
「獄寺?珍しい組み合わせだな」
「おかげでさっさと撒けたけどね」

身体と身体に挟まっていた腕に力がこもる。隙間が欲しいのだと気付いて抱きしめる手を少し緩めてやると胸の高さでごろりと甘えてた頭が持ち上がった。
そのまま伸びてくる腕は首に絡みついて、口唇は吸い寄せられるように触れて重なってくる。
とろけてしまいそうな接吻けは遠い昔の感覚を呼び起こす。息も上手く出来ない高揚感に簡単に飲まれていけたのはきっと、今よりずっと若かったからだ。

「会いたかった」

それでも
心臓の音も聞こえる距離でどちらともなく零れた言葉は偽りのない気持ちだった。

「それはずっと死にたかったって意味?」

零す言葉は確認でなく揶喩に使われる。決して素直になどなってくれない彼の声は相変わらず無感動で、逆にそれが心をなぜた。
懐を探った右手は黒い鉄の塊を握っていたのにだ



数年前、恭弥と別れた時ひとつの約束をした。
イタリアマフィア・キャバッローネファミリーの10代目である自分にとって、自由意思などあってないようなものだ。ファミリーの存続のため、シマで生きるひとたちの為に跳ね馬ディーノは存在する。
恭弥はこの世で一番愛したひとだ(恭弥は信じてくれないだろうが)それでもオレは、ただの「ディーノ」としてだって恭弥の手を取ることはできなかった。

「珍しく小うるさい部下がいないみたいだけど」
「全員逃がした。犠牲なんて少ないにこしたことはねぇだろ?」
「頭が死ねばそれで終わるから?」
造反ファミリーのふたつのうちひとつはさっさと沈められた。
その容赦なさから誰が行ったのか想像はつく。まんまとキャバッローネを陥れた小悪党も本物の悪党の前には為す術がなかったらしい。
それだけ同盟が、ボンゴレの力が強大だということでもあるのだが

「ま、それでもかなりやられてるんだろうけどな。そっちも手加減無しか?」
「さあ?少なくとも僕は見た奴全員半殺しにしてやったけど」

遠くではまだ喧騒が途切れずに垂れ流しになっている。それは確実に今ここにこうして恭弥といる世界とは切り離されてはいない。
ただ遠いだけでいずれ近付いてくる現実だった。
長めに切られた前髪を少しだけ分けて額に接吻けると、くすぐったそうに身をよじるがそれ以上の抵抗は見せない。ただ、邪魔しないのと子供を叱る口調でたしなめられる。
なれない手付きで金色の塊は黒い鉄の中へと飲み込まれ、カツンと冷たく鳴いた。

「遺言は?」
「それを聞かれるといよいよって感じだ」
「死にたくなくなった?」
「いや、それは駄目だ」

華奢な指先には似合わない、ごつい拳銃を握る右手に自分のそれを重ねて教えるように誘導する。
親指で安全装置を外してやると、そのまま左の胸へ銃口をごつりとぶつけさせた。

ここなら簡単に、間違わずにやれる。
そんなに甘い世界を生きているひとではないけど、最後まで見つめていろと言うのはあまりに残酷だ。

「ごめんな、恭弥」
「僕の手を煩わせて、って以外の意味で言ってるのなら怒るよ」
「じゃ、怒ってくれよ」

ジャッポーネだと、死ぬその瞬間に見る「ソウマトウ」というものがあるらしいけど、そのすべてに恭弥と過ごした時間が出てくればいいのに。
目を閉じるとそれが合図になって銃声が響いた。
間発を入れず鈍く焼けるような衝撃が胸を貫いてそれっきり身体が冗談みたいに重くなる。目はかすみ、喉の億から鉄臭い液体がとめどなく溢れる。体重を支えきれなくなった膝は崩れて前のめりに恭弥を巻き込んだ。自分より一回り大きく、まして力を無くしていく人間を支えきれるはずもない。

「きょ …、 や …」


ありがとう、大好きだよ


荒い息と耳なりのせいできちんと言えたかはわからない。
それでも最後までオレを甘やかしてくれた小さな恋人に言いたかった。





「ねぇ、ディーノ」

細い腕の中で意識はどんどん無に帰っていく。くっついてそれっきり剥がれなくなりそいなまぶたをかろうじて開き、呼んでくれた方を見た。

「今日がなんの日か知っている?」
使い終わったはずの銃口は、絶対に向いてはいけない方向に向いていた。
恭弥は天使のように微笑む。

「今日はね、君の命日と──世界の終わる日だよ」



そうして離れた世界は遠いまま

銃声は


鳴り響いた









End.





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そうして話はダークな方向へ。





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