昔、理科の授業か何かで聞いた。
もしも地球の位置が今より太陽に少し近くても遠くても生物は生まれなかったのだという。
太陽はただ昼と夜を分けるだけの存在ではない。創世神話の類を見ても太陽を神と崇める例は非常に多い。

「今日が何の日か知っている?」

太陽がなくなれば世界が滅ぶなんていうのは迷信でも誇張でもない。
ただの、現実だ。

「今日はね、君の命日と──世界が終わる日だよ」

だからあの日僕は、
君の傍らで引き金を引いたんだ。










ハルマゲドンは幻想に












「本……ッ当に!申し訳ありませんでした!!十代目!!」


ゴン、と普通では伴わない音を伴い獄寺が頭を下げた。勢い余って、というよりは思い余ってという感じで、それこそまっぷたつに割れてもおかしくない強烈な頭突きを食らったり机はわんわんとその振動にわなないている。
怒涛の攻め、というか文字通りの謝罪の嵐はツナが思わず言葉を挟むまで続いた。

「君のせいじゃないよ、隼人」
「いや、しかし…オレがアイツから目を離さなければ…」
「誰が側にいてもきっと同じだったよ──恭弥さんは」

きっと同じことをした
ため息と共に、大きな背もたれに預けていた体を起こしツナは揺れる机に肘をついた。伏したまま、なかなか体勢を変えようとしない獄寺の頭をなだめるように撫でる。その表情も心なしか疲れた感じだ。
俺のカンは並よりちょっと上程度くらいの働きしかしないから言いきれないけど、それでも親友が自分こそと責任を感じてることぐらいは分かった。
むしら、それは頭を並べた連中全員に通じることだ。

小僧も、笹川兄も、医者のオッサンも
例外に漏れる人間は一人もいない

「きょうや、死んじゃった?」
「いや?急所は外してたみたいで残念ながら生きてるぜ?」
「な…──」

髑髏の言葉にヒバリを診た人が答えて、さらりと零れた失言にさっきまで殊勝だった獄寺が噛みつく。
一応師匠と弟子の関係だってのに相変わらず言葉は少なくて。毛を逆立てる獄寺に肩をすくめるだけだった。

「言って良い冗談ではないぞ!」 「言葉は選びやがれクソオヤジが!!」
「やめろって獄寺、先輩も」
「うるせぇ離せ!!大体テメェこそ、柄にもなくスカした顔しやがって…テメェヒバリが」
「隼人」

放っておけばいつ飛びかかるかもわからない獄寺をがっちり抑える。
ツナの言うことを聞くのは昔からだけど、短い導火線に火が着いた時は昔から俺に役目がまわる。
決めたわけでなく自然とそうだった。どうどう、と猛獣さながらになだめられる様を見て、 駄犬とヒバリは呟き、消えた炎は再び着火。ついには爆発というのが決められたような俺た ちのプロセスだった。
それが崩れたせいだったのかもしれない。突然向いた矛先はあっという間に鎮静されて とうとう俺には触らなかったけど

「言葉を選べ、な……むしろ選んだ結果だっつーの」
「どういう意味だ、シャマル」
「ヒヨッコ共にはバッドニュース、ってとこだな」

ばらばらの長さで生える無精髭のついたあごをガシガシと撫でながら医者のオッサンは渋い顔をする。
一番幼いはずの小僧はいつもの冷静さで話に相槌を打った。ヒヨッコといわれた集団にきっと小僧は入れられてない。







同盟内で大規模な反乱が起こったのはほんの1週間と少し前の出来事で、鎮圧はつい先日のことだった。 鎮圧には幹部が3人回されて、向こうの規模にも関わらずギネスに載りそうな素早さだった。
裏切りは絶対許されねぇ。
冷たく言い放った小僧を今でも忘れられない。
それでもヒバリを最後まで行かせたがらなかったの はやっぱりアイツに対する優しさだったんだろう。

俺さえ気付いてたヒバリの脆さと儚さ
そして危うさ

鋭い小僧が気付かないはずはない







「ヒバリー、入るぞ」

名前を呼んでどこかのドアを開くたびいつも俺は中学の校舎にあった一室を思い出す。
それが鉄の重たいドアでもうすっぺらい木製のドアでも押し戸でも引き戸でも観音開きでも 。向こう側にヒバリがいるならそのドアはいつもあの応接室の綺麗なドアになった。
もちろん、一度開ければその魔法は簡単に解ける。今日のドアは一面真っ白の不健康な部 屋に続いていた。
青白いカーテンに区切られてパイプのベッドが整然と並ぶ空間は病院と似ているのにどこ か生きている匂いを感じない。抗争の後で怪我人は溢れてるはずなのに、カーテンがひかれてい るのはひとつだけだった。

特権階級

昔ながらの形容詞が不意に頭をよぎる。
暗に近付くなと言われている気がした。それが本人の意思か周りの気遣いか、 はたまた面会謝絶の意味かは測りかねるにしろ、今更守るのもおかしい気がして
ひとつだけ、閉まるカーテンを引いた。



『治療中、一度だけ目を覚ましたんだけどな──まぁ腹に穴の空いてる人間の動きじゃなかったな』


さっきツナの部屋でオッサンの言った言葉がぐるぐるとめぐる。
中の景色は想像していた通りだったけど、現実はもう言い表せない衝撃で脳みそをガツンと叩き揺さぶった。
ヒバリはスーツのままベッドに横たわっていた。


『傷がどうこうどころか命がどうこうも考えなしって感じでな。最初は錯乱してんのかと思った。』


ただ、スーツとシャツとネクタイと
いつもはぴっちりと着こなされている部分はぐちゃぐちゃに乱されて強姦にでもあったんじゃないかと思うような有り様だった。埃に汚されたシャツのボタンはかけちがって、間から覗く真っ白な包帯がかろうじてそれが違うと主張していた。


『ところが麻酔はともかく鎮静剤や精神安定剤の類なんか効きやしねぇ。分かるか?どういうことか』


汚れた袖から覗く白い腕には頑強な革製のベルトががっちりと巻き付いて、ベッドに張り巡らされた太い針金と一緒にそのしなやかな動きを封じている。
磔、というより、その姿は標本箱に飾られた蝶々と重なった。
思わず呼吸を確かめて、僅かに上下する胸に息をつく。と、同時にゴツンと懐かしい衝撃が頭に響いた。

「あてっ」
「何してんだてめぇは」

じわじわさっきとはまた別の方向から脳みそを揺さぶる振動は昔よく親父に食らわされたソレと同じだ。 ただ、24になって。いい大人と言われるようになってから貰うとは思ってもみない。
鉄のかたまりで容赦なく殴られるのは日常茶飯事だって言うのにそれでも痛いのはどういうことか。

「いってー、オッサン足音しなかったぞ」
「ヒヨッコとはネンキが違うんだよ、ネンキが」

まったくとブツブツ言うオッサンは医者で大人としても大先輩だけど、そこらへんは教えてくれそうにもない。 消毒液の鋭い臭いが鼻をつつく部屋で白衣の側だけ煙草の臭いが漂っていた。臭いで銘柄を当てるほど詳しくな いから(むしろ煙草は興味本位の一本目が最後の一本だった)何かは分からないけど、煙草らしくない甘い香りがした。

「ちょっとツナが暇をくれて、ついでにと思って」
「来るのは勝手だがな、歓迎されねぇしどうせ寝てるぞコイツ」
「やっぱ、相変わらずなんスか?こないだ言ってた話」

寝息を立てるヒバリの綺麗な顔は所々を白いガーゼで覆われいた。それがない部分にはアザのようなそれやかさぶたになっ た傷などが散らばっていた。殴られたような痕を残す頬はより一層にシャープに削られていて不健康な印象さえ持つ。長いま つ毛に縁取られた瞳もやつれていた。
その中でも群を抜いて異様なもの。
「それ」は薄い色と控え目なボリュームの口唇を割って押し込まれ、噛みつくように固定されていた。

「睡眠薬も直に効かなくなるからな。そうなりゃ実力公使だ」
「催眠術?」
「んなわけあるか」

動きを封じられて、ヒバリが望むことへの最終手段も封じられて
あと出来ることと言えば食べないことぐらいだろうけど
それさえ許さないと言うように、白い首から液体の流れる管が繋がっている。

ここまでやって生かすことに意味があんのかね
自分が施した処置をみて、医者のオッサンが苦々しく零した。

「今ならキスしてもセクハラしてもお咎め無しだぞ」
「んー、でも起きてる時じゃねぇと面白くねぇしなぁ」
「マゾだなお前」
「良く言われたなぁソレ」

赤く腫れた頬にそっと触れ、そっと撫でる。葉の落ちる音でバッチシ覚醒して触るのまでいくのが難しい人が嘘みたいだ。
いたいのいたいの飛んでけとか言ってみたらアホか、とヒバリとは違う声で斬って捨てられた。イタリアではあんまし効果を信 じられてないらしい。そりゃ、日本でも子供相手にしか使わないけど

「なぁセンセー」
「却下」
「えー、まだ何も言ってねぇって」
「説得なら無駄だぞ。こないだ言ったこともう忘れたのか」


自分を撃ったのも、暴れるのも全部正気の左端。
ヒバリは仕事の時と同じように、冷静に自分を殺そうとした。
銃を使い慣れてないからなのか、急所を外れたのは幸運な偶然だった。獄寺がすぐに駆け付けたのも含めて
それぐらい、躊躇わずに引き金はひかれていたのだと言う。



「分かってっけどさ」



ヒバリは何か、どんな些細なものでも俺に分け与えてくれた試しがない。
馬鹿なこだわりだと自分でも笑えるけど、ファミリーの中で一番最初に会ったのは俺で。 ツナや獄寺とはたった数十秒の差に過ぎない一番だけど、分かりやすい一目惚れ以来、ずっとヒバリが好きだった。






好き、や愛の類はもちろん
ディーノさんと別れた時の悔しさも、あの人を手にかけた時の重たい思いも全部独り占めにしてほんの欠片もくれなかった。
殺す権利も殺される義務も小さな体で全部背負ってそのまま空へ飛んで行ってしまおうとした。
結局行けなかったのは心の重量オーバーだったのかもしれない。

「柄にもねぇのに後追いとか、泣けてくる…」

永遠降りだした雨の中で心にこびりついたものはもう俺の雨でも流せない。
雨の守護者にも関わらず、冗談みたいに晴れ男の俺は、出かける度に太陽と鉢合わせるのに
ヒバリをもう一度太陽に会わせてやることは出来ない。

「恋人が太陽、とか結構ロマンティストだな」
「そういう冗談が一番嫌いだよ、とか言いそうッスよねー、今まさに」
ヒバリを狙わずに溢したすき、と言う気持ちは見当はずれに飛んで
ヒバリには届かず真新しいシーツに染み込んだ。







End.




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結局一緒にはつれていってもらえなかったんだ。
副題は山本の失恋