そこに在ったものが消えた
いつものセカイに帰った
ただそれだけなのに


どうして残っているんだろう

それも、中途半端に










【浸透圧】









「──それじゃあ、後はよろしく」



もはや個人の判別さえ難しくなった、草食動物の山に背中を向ける。
近くで一部始終を見て震えていた委員が上擦った声で返事をした。
いつもなら捨てるなり埋めるなり自分で処理するのだけど、今日は
寒すぎてそんな気さえしない。
学ランを着てくれば良かった、なんて。軽い後悔をめぐらせながら
見上げた時計の短針が12に重なりかけてることに気が付いた僕はそ
のまま応接室ではなく屋上に向かうことにした。





指輪の一件から1ヶ月と少し
不本意ながら赤ん坊の一団と群れる時間を作らされている。

心境の変化があったわけじゃない。
それは向こうも同じ。

沢田は相変わらず小動物の見本みたいだし
獄寺はうっとうしく威嚇してくるし
山本は山本で話に脈絡がなく
笹川は無駄に暑苦しい。

それでも、そういう約束をした以上は守る義務が僕にはあるから最
低限守ってやってるだけのこと。

ただ、ひとつ
期限を作らなかったことを心底後悔してる
あの男が日本にいるうちに咬み殺しておかなかったことも







当たり前だけど、授業中の屋上に人の気配はなく閑散としていた。
最近、風紀委員長は昼休みに屋上での出現率が高いらしい、という
噂がまことしやかに囁かれてることを僕も知っている。と、いうよ
りは沢田が僕のボスだと知っている人間など関係者を除けば皆無に
等しい。
まして僕の事を率先して知ろうとする、そんな奇特なヤツがまずい
ない。



「ひま…」



無駄に広い空間を広げる、コンクリートの空中庭園。
少し前なら、この広い空間を独り占めするのは当たり前だったのに。
今は遠い昔のことのように感じる。


最後に一人で来たのはいつだったのか。持て余した時間の中でゆっく
り考える。当然とばかり浮かびあがってきたのは鮮やかな金色。振り
払おうとは思わない。そんなことは無駄だと悟らざるを得ないくらい
、何度も試した後だ。
いつもなら、振り払えないならと膨らむ前に切り捨てる。
けど、今日は場所のせいか音もなく広がる思考に歯止めが効かない。

赤ん坊の知人で 沢田の兄貴分
そんな情報以外は彼の口からは聞けなかった。
僕にはそんな断片的な情報しかよこさなかった。
ただ、学校の屋上が好きだと言った。上出来だ、なんてふざけたこと
を言って笑った。
ちっぽけな指輪と僕の機嫌に馬鹿なくらい振り回されて


当たり前のように僕の前に現れ続けた
当たり前のように僕の前から消えていった


どれを取ってもソツがなかったことからも分かるのは他の誰とも違って
彼は僕を恐れようともしなかったことだ。
恐いもの知らず、ノーテンキでもない。ただ僕は彼に取ってはその対象
じゃなかった。
なら、どんな対象だったのか
知りたくもない。

彼のことも
彼の思考回路も




「ディーノ」




この息苦しさも
堪えきれず零れた声も
頬を濡らす小さな熱の正体も
両肩にこびりついて離れない手の感触も





「──呼んだか?」



独占してたはずの空間で突如現れた、ムカつくぐらい覚えのある声の
正体も

全部 ぜんぶ──
知りたくなんかなかったのに。


思考とは裏腹に気配をさとれなかったことで体が先に動いた。すでに
分かりきっている正体を確かめようと振り返れる。が、視神経がその
姿を捕える速度を遥か上回り、大きな手に視界を奪われた。

だーれだ、なんて
そんな遊びをどこで覚えたのか
本来両手でされるはずのことを片手で間に合わされた。目隠しという
よりは頭を抱えこまれた状態に近い。そうなればすぐに気づかれると
いうことに、僕もすぐ気が付いた。



「……きょう「離すな」



熱か、感触か、まさか塩辛さなんてことはないだろう。
正体を確かめようと退かされる手を逆に今度は僕の方が捕まえて強く
押さえつけた。



「離したら…殺す…」



繰り返した言葉に彼は従った。
その場にとどめたがる僕の手を退けようとはしない。
少しだけ間をおいて、残された腕が僕をふんわり抱き締めてきたけど、
いつも通りに罵って払い退けるほどの余裕は今の僕にはなかった。
それぐらい 隙間のない行為だった。



「…なんでいるの」
「溜めてた仕事が片付いてたからな、ちょっと様子見に来たんだよ」
「…沢田の?」
「あぁ」



手のひらの温度はもちろんのこと、背中から布越しの温もりさえ感じ取
ってしまうのは腹立たしい。
まるで自分のほうから彼を求めてるみたいだ。



「恭弥のついでにな」



思わず緩んだ力にディーノの手が逃げて。ごく自然な動きで僕の視線を持
ち上げさせる。惜し気もなく優しさの溢れる瞳にはやっぱり敵意なんてな
い。悪びれた様子さえない。尚一層、こころと同じく寄り添おうとする温
もりが心地いい。



「どうした」
「何が」
「泣いてただろ」
「いつ。僕に殴られすぎて頭おかしくなったんじゃじゃないの?あなた」



強がって蹴散らしてみたところで口唇が涙を掬いあげれば真相なんてすぐ
に知れる。
でも、だからってそれをそのままに伝えられるはずもない。
伝えたくないなら、尚更。



「…あなたのせいだ」
「…何かしたか?オレ」
「知らない、自分で考えてよ」



何度か共にした夜を思い出すように首ごと相手を捕まえて深く深く接吻けた。
一瞬、不意をつかれたことに驚いたみたいだ。すぐにあのとろけそうな眼差
しを寄越して、首を傾けてきた。


心を傾けてもいない。
ただ同じ空間を何日か共有しただけで孤独を保てたくなるなんて思いもしな
かった。












えんど☆





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お友達の椎葉さまにささげた指輪戦後のお話。ひばりさまボスに惚れてた
ことに気づくの巻。
このお話は「BUNP OF CHICKEN」の「Title of mine」をイメージしてたんで、
「Title」にするかちょっと悩みました。