いつだって そう 身勝手で いい加減で 残酷で 「綺麗だね」 風に乗って流れる薄紅色はそれなりに美しい。散り際の美、なんてものを 異国から来た彼に理解出来るのかは分からない。 ただ、当たり前のように肩を抱く、なれなれしい手のひらの温度は僕が良 く知るもので。とりあえずは満足してるのだと自分を納得させる。 「そうだな」 それを裏付けるように、隣に口を開くディーノ。 濃密に組み込まれた予定から何とか捻出した時間はたったの72時間。飛行 機の時間も考えたら、一緒にいられるのなんて2日と少し。ずっと見てい たいという願いが叶えられるはずもない。 それだけなら、イタリアで休んでればいいのにと何回僕は言いそびれたの か。 我慢なんてした試しがないのに どうしても言えないのは無理矢理に会いにくる彼にどこか甘えてるからな んだろう。長い指がするすると髪を鋤いて、撫でていく。心地いいなんて 言ったらまた調子に乗るのかなんてぼんやり考えていると突然口唇を寄せ られた。 「さっき、旅館の看板見つけた」 触れて、離れるだけのおとなしすぎる接吻けに視線を持ち上げると珍しく 照れたような色の瞳を見つけた。 たくさんの意味で どうなるのか、わかっていたはずなのに だから、と続く甘えた提案を馬鹿じゃないの、と斬って捨てるしか出来な かった。 【うらがわ】 「…幻滅した?」 浴衣の肩を抱いたまま、固まってしまった人に代わって声をかけてみる。 返事は返らない。 いつも僕を真っ直ぐに見つめてくれる瞳も全然違う場所に向けられていた。 鏡があるわけじゃないから細かな位置までは分からないけれど、見つけら れてしまったのだとぼんやり思った。 抱きしめられ、腕の中にはいればキスなり愛撫なり、すぐに距離を無くさ れるのが普通だった。だから、こんな風に空いた時間を与えられると埋め 方に戸惑う。居心地の悪い隙間を埋めるのはディーノの役目だから。 「…相手はシャマルか?」 空になったカプセルの包装をディーノの手が潰す。カラダの代償に手にい れた、薬。結局バレたとぼんやりしてると、ディーノは一緒に言葉も絞り だした。 情けなくて、すがるような声色 ありきたりで陳腐なセリフ それでも顔をあげればやっと薄褐色の瞳は僕を見てくれた。 近場じゃつまらない、なんて どうでもいい我儘さえも律儀なことに彼は叶えてくれた。 並を軽く外した財を持つ、マフィアのボスからすればほんの些細な願いだ ったのかもしれない。 見慣れた景色を抜け出し、車を走らせて少し離れた場所にある名所まで。 その後はねだられるままに途中で見つけた旅館へ行き、料理を食べて、湯 に体を通して 夕食の時、追求されるのが怖くて薬を呑まなかったのが不味かった。 窓から覗き込んだ桜の枝にあっという間に手足の力は奪われ、畳に倒れた。 「だったら何。そんなこと、聞いてどうするの?」 「恭弥」 「あれを殴りにでも行く?それとも僕に言い訳させたいの?」 「ちがう」 「薬をネタに脅されたとか、あなたが聞きたいのはそんな嘘?」 以前、桜に酔う病気をかけられて。このままじゃ花見が出来ないから、薬 欲しさに他の男と寝た、と。 同意の上の行為だった、なんて知ったらあなたはどんな顔をするのか。 今でさえ、こんな傷付いた顔をしてるのに。 「…怒ればいいじゃない」 「怒ることなんてねぇよ」 「嘘」 「どうして先に言ってくれなかったんだよ。桜が見れねぇ、って」 薬が効いてきたのか、さっきより視界はずっとクリアになる。めまいもだ いぶおさまった。 ただ、覗きこんでくる大人は泣きそうに顔を歪めたままだ。 また自分を責めてるんだろう 僕を叱り、恨めばそれで解決するだろうに優しすぎるあなたは僕を憎むこ とさえ出来ない 「言ったら別の場所へ行くっていうでしょ。あなたは」 場所なんてどこでもいい、僕といければそれで。それが本音なのだ、ディ ーノは僕と同じ時間を過ごして、同じ物を見て、同じ気持ちを確かめるこ とが大切で場所に対する執着はさして持たない。 だからこれは、僕の我儘 「──あなたと桜が見たかったんだ」 それだけだよ 添えた言葉はきちんと届いたのかは分からない。今なら抱きしめてカラダ の距離を縮めることも出来る気がしたのに。 ゆらりと揺れて歪んだ瞳が僕の頬を濡らした。 「変なカオ」 湿るまぶたの縁を指でなぞれば拭うどころかあっという間に溢れ、伝い落 ちてくる。仕方なく口唇で掬おうかと思って体を起こした途端、今度は抱 きこまれた。 肋骨の軋むような力の使われ方に息が詰まる。でもいつも僕のことを気遣 うひとが、今はただ必死にすがりついているのだと気付けば嫌な気持ちは 簡単に薄れていく。 「どうしてあなたが泣くの?」 「…恭弥はいやじゃねぇのかよ、そんなこと」 「高々花見のために足を開いて?」 この身体は僕のものだ。 心ととても近いところにあるから一緒になって考える人間が多いけど 群れる草食動物共を咬み殺すトンファーも、それを操る手のひらも『所有 物』という見方をすれば大差はない。 どんな使い方だって出来る。犯したければ犯せばいいし、殴りたければ殴 ればいい。 「たとえ誰に、何をどうされたとしたって、僕がここに入ってくるのを許 すのはあなただけだもの」 いつだって そう 身勝手で、いい加減で、残酷で 言葉に出来ない僕はあまりにも無力だ。 惜しみなく注がれるそれに満足に答えることも出来ない。せめて、と寄り 添おうとすれば不器用に彼を傷つける。 あなたがどんなに特別なのか、 心の部分をどうにかできるのはあなただけだからだとか 言葉に出さなくても伝える方法があればい いのに。 「今度薬が必要な時は絶対言えよ。オレがかけあってやる」 「やだ。あなたに借りなんかつくりたくないもの」 「借りじゃねぇって。惚れた弱味だよ」 「意味が分からない」 耳の後ろからみっともなく鼻をすする音がした。ゆるゆると圧迫を解かれ て、大きく息を吸った。 補給した酸素に混じって漂う桜の香りに、静かに目を閉じた。 いや…終わりなんです… back |