2, ラビが本部に戻ってきて一週間が過ぎた。 いつもなら2、3日で次の任務に着くのに、今回はそんな様子まる でない。どこぞの忠犬みてぇに、ベッドでぼんやり過ごす俺にべっ たりくっついて離れやしねぇ。 先代のブックマンから聞いた昔話を語ってみたり ジェリーのとこからパクってきた林檎を剥いて寄越したり 悪戯程度のキスを仕掛けてきたり 会えなかった時間を埋めるように、残り少ない俺の命に寄り添うよ うにただ 傍にいてくれた。本人には一度も告げたことはねぇけど、 コイツの存在は少なからず俺の支えだった。今更死ぬのが怖いなん ざ思わないがこの空間がなくなるということに対しての漠然とした 不安はもちろんある。 が、変化はいつも突然に訪れる。 それは必ずしも同じ形で現れたりしねぇけど 俺にそれをもたらすのはやっぱりラビで 「おい、ドアは静かに開けろっていつも言ってんだろ」 いつになく乱暴に、今にぶっ壊れそうな勢いで開いたドアに眉をひ そめると、そこには息を切らせたウサギが一匹。 落ち着きがねぇのは今に始まったことじゃねぇ それだけに、違いに気づくのに少しばかり時間を食った。 「ユウ…」 よろめくようにしながら 低く、更にかすれた声が俺を呼ぶ。 ジラされて思わず、最近めっきり少なくなった舌打ちを ひとつ 文句でも言ってやろうと顔をあげると、 でけぇ体にいきなりのしかかられた 呼吸が辛くなるくらい抱きしめられた 今に泣き出しそうな声で囁かれた 「次で最後だって…」 「……何が」 「アクマ退治」 おかげで俺は、「耳を疑う」なんて余計なコトを初体験するハメ になった。 正直な所、あまりに唐突すぎてうまく受け入れられなかっただけ かもしれねぇけど、ただ、全身…体のあらゆる場所が心臓になっ たんじゃないかと錯覚したくなるくらい、強い鼓動が耳について 「本当か…?」 「今…今コムイに呼び出されていったら…」 熱い、熱い胸 寄り添った頬の濡れた感触は、多分コイツが泣いてるからで。 俺の世界が歪んで見えるのは俺がつられてるからだ。 俺には痛いくらいに分かった。 コイツが、このことを、どんな思いで話してるか 俺たちは神に選ばれた使徒としてここに集められた。 他の生き方を択ぶことを許されず死ぬことさえ自由にならない。 世界を守るための戦いを強いられ、終焉りの見えない重圧に摩耗 されながら生きてきた。 それが、 やっと…── 「教団は事後処理なんかもあって、しばらくは残るらしいけど、 オレたちは…」 「自由になれる、か…?」 言おうとした言葉を遮って先に言うと、くしゃり。 ガキがするみてぇに笑って 何度も 何度も まるで他人事のように 「よかった」と繰り返してラビは泣いた。 「時間なんてないぞ…」 「うん」 たとえエクソシストとしての生き方を捨てられたとしても、 ラビにはまだブックマンの名がある。 それだけは多分、生涯まとわりついて、有事の時は呼び出される。 「満足に動けねぇし、世話かけることしか出来ねぇし…多分、慣 れた頃には…」 何よりリミット寸前のこの命 残された時間は本当に少なくて。 標準的なコイツの一生からすれば、ほんの光が瞬くような そんな儚い時間。 こんなことは最初から 俺がコイツを コイツが俺を愛しちまった時から分かってたことだ。 「それでいいのか?それでも俺を選ぶのか?」 ただ、俺は 確かに返ってくる答えを聞きたくて お前のその口から言って欲しくて 傷つけることなのに 悲しませることなのに 何度も 何度も 「選ぶよ?」 うつ向いてた顔をあげる。 すぐそこにバカなくらい簡単に、いつも俺を許してくれる笑顔が。 待っていたとでも言わんばかりに与えられるキスは 触れては撫でるだけの幼いもので 前戯や愛撫と言うよりは「抱きしめる」という行為に似ていた。 「たったひとつ、って言われたらユウが良いさ」 「ラビ…」 「一緒に暮らそ?」 「ラビ」 聞こえたかも分からない声にさえ、ラビは笑顔をくれる。 光を失った右目に接吻け、もう一度距離を縮める 抱きしめられると同時に重なった口唇は今度こそ深く合わさった。 熱と熱とが溶け合う愛しい感覚に俺たちは酔う 「ん…」 「好き」 「ふ、ぅ…」 「ユウが好き」 歯列をこじあけて入りこむ、舌。 ゆっくり絡んでは唾液が濡れた音を立てて、角度が変わる度に甘く 甘く… 「大好きさ…」 触れるか離れるかの境が曖昧な中で囁かれた、甘い言葉。 熱い感情が溢れ出して全身に染みわった。 "大丈夫" "怖くない" そう言われているようで、泣きたくなる。 「信じてやる…」 「うん、信じて」 指を切るかわりに呆れるくらい、接吻けを交した。 口唇が形を覚える程にお互いの名前を呼んだ いつも通り、約束を結んで 遠足にいくガキみてぇに無邪気な表情で 最後の任務をこなすため教団をたった どんなにかかっても、一ヶ月前後でカタがつく。 そう言ったのはアレンだ。 レベル2以上のアクマの殆どは伯爵と一緒に滅んだし、 それにあぶれた連中も大体片付けた。 今回相手にするのはレベル2か1ばかり。 討伐にはラビと、他三人のエクソシストが向かった。 全員、イノセンスの最終段階まで解放できるベテラン。 それだけに一部を除いた殆どの奴等が浮かれていた。気持ちは分か らねぇでもないが、どこへ行っても、どいつと口きいても、のぼる 話題はこの後のことばかりだ。 正直、それがそう遠くない未来で、手にするのは造作もないことだ と思ってたんだろう。 俺だってそうだった。 「開いてる、勝手に入れ」 ペンと、紙をめくる音に支配されてた部屋にドアを叩く音が。 さっき似たような事例の載った資料を取ってくるって出て行ったア レンだと思い、ラビの置いていった調査書から目を離さねぇで声だ けで返すと、少ししてドアが開いた。 「……神田くん…」 が、聞こえた声は別の、アレンより付き合いの長い声。 気まぐれ程度にしか訪れねぇ、 珍しい訪問者。 「コムイ?」 呟くように名前を呼ぶと、眼鏡の奥にある瞳が小さく笑った。 「ちょっといいかな?」 「あぁ」 思いもよらねぇ客に戸惑いつつ、 ベッドのそばにある椅子を引いて、そこに呼んでやった。 コムイとリナリーのことはアレンから聞いた。 今回の任務が終わり、世界からアクマが消えた後もコムイは暫くは 教団に残り、事後処理なんかの指揮を取るらしい。 エクソシストとして、縛られ続けていたリナリーがやっと解放され るってのに、皮肉な話だが、 いつか終わるってだけ今までよりはマシか。 「気分はどうだい?」 「別に、いつも通り悪くもねぇが、良くもねぇ」 「…なんだい、それ」 「お前のところにいく報告書だ」 ベッドに備え付けれたテ―ブルに散らばる1枚を見せてやると、 少しだけ目を通して「あぁ、ラビがいったやつのだね」と呟い た。 「君が書いてたの?」 「どうせ暇だからな」 「そう……」 静かにしてろ、寝てなきゃ駄目だ 似合わねぇ顔で俺を叱るバカウサギから無理矢理ふんだくったっての は本当だ。 ただ動機は“暇だから”じゃなく“世話になりっぱなし”がシャクだ ったからだが。 「しかし…こうしてみると、神田くんの英文、本当に上達したよね」 「何年こっちで暮らしてると思ってんだ」 「え〜、でもついこの間まで、トンチンカンな文を…」 「コムイ」 語気を強め、睨んでやる 困ったように笑って肩を竦めるのは、コイツが俺を相手にする時のクセ ここに来たのはもう10年くらい前アルファベットも書けなかった俺に英 語を教えたのはラビだ。その中にスラングがかなり含まれてたから俺の 口がこんな悪くなったのはラビのせいなんだろうがそんなラビと同じく らいコムイとの付き合いも長い。 何より、感情の読みにくい人間の最たる奴を日々相手にしてんだ。 「前置きが長げぇ。用件はなんだ?」 雰囲気の違いなんざ、 部屋に入れた時に気付いた。 その、隠そうとしてるものが良くないことだ、ってことも。 案の定、それまで饒舌だったコムイの表情が一変して 言い難そうに視線を逸らした。 next back |